NoName

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2/16/2023, 11:44:35 AM

 誰よりも互いのことを知っているとまでは言わないけれど、五百年同じ場所に在って隣に在った。毎日のように顔を合わせて軽口を叩き合い、時には斬り結ぶような喧嘩もして、それでも翌日には当たり前のように隣に並んでいた。
 それが当たり前だったから、君のことはよく知っていると思っていた。知っていたはずだった。

「失礼するよ」
 障子を開けた途端、目に飛び込んできたのは疲れ果て草臥れている内番着姿の南泉一文字。
 部屋の中央に鎮座している炬燵に入る元気すらないのかでろん、と床に伸びている腐れ縁を踏まないように跨いで、山姥切長義は炬燵に潜り込んだ。
 電源は強で入れて、悴んだ指先を布団の中で擦り合わせる。しばらくそうしていればじん、と痺れるような感覚と共にようやく凍りついたような末梢に血が巡る。付喪の身では感じえなかったもの。刀剣男士として人の身を得たから感じられるもの。
 炬燵布団の中が暑いくらいの温度になったから、温度調節のつまみを中に下げる。そのまま視線を南泉に移すが、彼はぴくりとも動かない。
「猫殺しくん」
 呼びかけてみれば、ようやく目線が合う。溜息混じりに一言。
「ここ、オレの部屋なんだけどにゃあ」
「知ってるけど」
 何を当たり前のことを。わざとらしく小首を傾げてみせれば、ぎゅうと眉根が寄る。せっかくの可愛い顔が台無しだ。
 再び大きな溜息を吐いて起き上がり、南泉ものそのそと炬燵へ入ってくる。暑い、と温度が弱に下げられたのを俺は寒いんだ、と中に戻した。
「お前な」
 半目で投げつけられる抗議は気づかない振りをして、それとなく時計を確認しておいた。床に落ちて体が冷えているであろう猫ちゃんは十五分程このまま炬燵に入れておけば暖まるだろう。多分。
 寒がりで暑がり。自分の事は割と杜撰なのは付喪の時分から変わらない。人の身であれば体調不良を起こす事もあるのに、顕現してから数年経とうと変わる事はなかった。
「君ね、体調管理って知ってる?体が冷えたままだと風邪を引くかもしれないだろう。まあ、俺はそんなヘマしないけど。同派の世話で疲れた君への優しさだよ」
「お前が優しさとか……似合わねえ」
 腹が立ったので手探りで足を掴んでやった。途端に飛び上がって、膝を天板にぶつけて派手な音がする。膝小僧にでも当たったんだろう、声も出ないままぐう、と顔を歪める。いい気味だ。
「お前の方が長く炬燵に入ってるくせにオレよりも手が冷たいの意味が分かんねえ、にゃ」
「次は首をご所望かな」
「おいやめろ」
 若干距離を取るものの、炬燵からは出ていかない。山姥切を追い出そうともしない。本当に嫌なら叩き出してしまえば良いのに。刀帳順(この本丸に千代金丸は未顕現である)に割り振られた個室は隣同士だけれど、夕食後、出陣の後。ふらりと互いの部屋に立ち寄って過ごす時間が長くあった。自室に帰らず寝落ちた夜を数えるなら両の手では足りない。
 それが変わったのは数ヶ月前から。一文字則宗、山鳥毛、日光一文字がこの本丸に顕現してからだった。
 これまでは福岡一文字派は南泉一文字しかおらず、自由気ままに過ごしていたが、御前、お頭、兄貴と彼が慕う同派が顕現してからは彼らがこの本丸に馴染めるように南泉なりに奔走しているようだった。
 本体の所属元にも一文字の刀は在るけれど、ここまでの振る舞いを見かけたことは無く、初めて見た時には爆笑したし部屋に戻ってから喧嘩に発展した。
 ただ、同派にはああいった顔を見せるのか、と驚いたのは確かだった。
「……それにしても」
 この数ヶ月間の出来事をつらつらと思い返してから眼前の腐れ縁へ意識を戻した。
「同派の前だと借りてきた猫みたいに大人しくなるんだね、君」
 自分の知らない南泉一文字を見た、と言外に含ませて。
「それはお前もだろ。お前の場合は猫被ってるって言った方がいいかぁ?
 光忠の刀も長光、兼光の刀も、なんなら正宗の刀だって共に在るだろうが」
「俺は猫を被ってるんじゃなくて、その場に合わせてるんだよ。……まあでも、たしかに」
 同じ場所に在れば良かったあの頃と違って、同じ釜の飯を食べて、背を預け合い刀を振るって敵を屠る。