後から悔やむというのは、今ならそのような過ちはおかさないという思いがあるということだ。
わたしはきっといつでもまた同じ失敗をする。だから後悔しない、できない。そんなわけでこれからもいろいろうまくいかない。そもそも自分の間違いに気づけない。気づけたらそれはとても素晴らしいことだ。
しかし、何かがうまくいかないように思えたとして、それは本当に間違いだったのか?人間万事塞翁が馬。禍福は糾える縄の如し。
わたしは死んでからしか人生の振り返りができない。死んでしまえば後悔もクソもない。わたしはこれからも後悔のない人生を送るのだろう。
#後悔
コロナで突然出現した、「おうち時間」。わたしは目一杯楽しんでいた。
それまでの、平日は会社に出社し、帰りに居酒屋で同僚と飲み、休日は朝から友人と遠出する、という充実した日常に、端的に言えば、飽きていた。
昼の家の窓から見える外の世界は美しかった。生垣に当たる陽の光はこんなだったのかと知った。一人暮らしのわが家が海底二万海里の潜水艦ノーチラス号になったような気がした。外にこそ出られないがこの空間で足りないものなど何もない。
しかししばらくすると、わたしは一人の空間が辛くなっていた。会社に出社することもなく、休日出かける用事もない。身なりを整える必要もなく、風呂も億劫になる。わたしはだんだんと不潔になっていった。不潔な自分が惨めで独房とはこんな感じかと想像もした。
そしてまた状況は変化した。わたしは日焼け止めを久しぶりに塗った。化粧品も洋服も買い替えた。
最近ようやく自分の家が、ノーチラス号でもなく、独房でもない、ただのおうちに戻った気がしている。
#おうち時間でやりたいこと
あなたは毎日きちんと化粧し会社に向かう。
あなたは仕事に真摯に取り組んでいる。
けれど会社のおかしな風土に染まらず、人としての優先順位は変わっていない。
客先に向かう途中、道でお年寄りが倒れていたら、車を止めて助けに行く。同僚がアポイントの時間を気にして見過ごそうとしても。
社会問題にも関心を持ち、より良い世の中にするにはどうしたら良いかを考え、休日は大学開催のセミナーに参加している。
いつか好きな人ができたら、結婚して子供を産みたい、と夢を話す。
友人との電話の最中に母親から声をかけられるとムッとして「今◯◯ちゃんと電話中!」と応える。
辛いことがあったら家族や気のおけない友人に相談する。泣きながら電話することもある。
電話に出てくれない友人は自分のことを嫌っているのではないかと悲しくなる。
仕事やプライベート、いろいろあって悩みは尽きない。
でもたいていのことはお父さんが解決してくれる。
わたしもあなたも中年と言われる年齢になったけれど、あなたは出会った子供の時のままで。
#子供のままで
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Twitterに注意された推しへの愛。
#愛を叫ぶ。
モンシロチョウを飼い始めた。
幼虫である。
残り物のキャベツの芯ばかり与えていたら、何となく白っぽくなった。白虫はサマにならないと思い、キャベツの外側を与えたら少し緑色にもどった。
青虫は蛹になった。
いつチョウになるのだろうか。
楽しみにしているうちに日が経ち、ある朝、飼育ケースは空っぽになっていた。
チョウはいなかった。
おそらく飼い始めた時にはすでにハチかハエに寄生されていたのだろう。
わたしが飼っていたのは何か、今となっては謎である。
#モンシロチョウ