さかさま
「……お嬢、何それ」
「おまじないですわ」
「箒を逆さにして雑巾をかけるのが…?」
「今『お客様』がいらっしゃっているのですけれど。なかなかおかえりいただけなくてですね、困っているのです」
「はぁ…?いえば?帰れって」
「できるならそうしています」
「笹本さんや石蕗さんは?対応してくれねぇの?」
「石蕗は所用で外出、笹本はアレルギーで近寄れません…」
「……なるほど?」
「談話室にいらっしゃいますわ。尾上君はあのお客様、対応できます?できたら穏やかに退出いただきたいのですわよ」
「りょ〜かい〜」
「あと遠目にしか確認できてないので断言できませんが首輪が見えましたので迷子かと。笹本に聞けば確実ですが、3丁目の駒田さん宅の子かもしれません」
「ん」
談話室、奥の一等陽当たりがよく柔らかなクッションの上で、『お客様』は気持ちよさそうに伸びをしている。
遠目に確認したと言っていた首輪は綺麗な赤、迷子札には話の通りの住所と名前。ずいぶん人慣れした様子で、俺が近づいても逃げる気配がない。体を覆う体毛はつやつやしている。完全室内飼いぼいな。とりあえずだっこさせて貰う。
おお、治り方がうまい。だっこされプロ猫様。
「お客様、確保〜」
「尾上君…お見事…」
「で、何丁目の何さん?届けりゃいいのか」
「先ほどお電話したのでもうそろそろいらっしゃるかと…」
「……飼い主さんここまで連れてくればよかったんじゃねぇの」
「一般の方は1人じゃここまで来れませんし、その間お客様が無事な保証もありません。ので来れて玄関までですわね」
「その言い方だとなんかあんのこの家仕掛け的な…人は入れないけど猫は入れるみたいな…」
「尾上君は聞かない方が平和なやつです」
「……つまり聞くと実害がでるやつ…?」
「聞くことで知らなかった頃には戻れなくなるタイプですわね」
「よし聞かない知らない知りたくない」
「お利口ですね尾上君、猫さんもお利口ですね…」
「……だっこする?めちゃ慣れてるしいけると思うぜ」
「怖いので結構です」
「苦手?」
「まぁ」
「嫌い?」
「いいえ」
「抱っこする?」
「怖いので結構です」
「……わからん!」
「はは、世の中色々な感性があるのですよ」
「そういうもんかねぇ…」
それこそ逆立ちしたってわからない。
ごじつかひつ
眠れないほど
「怖がりが心霊番組見てんじゃねぇよ!!!」
「だってぇ…!!見たくってぇ…!!」
「なんでやねん苦手言うとったやろ夜1人で寝れへんよぉッて縋り付くくらいやったら昼間にみろや!!!」
「だって夜にリアタイが1番効くんだよ!」
「何に?」
「脳味噌」
「そりゃそうやろうな!!!」
最近入った後輩が阿呆過ぎて辛い。
キャメルクラッチする程度に辛い。
「ギブギブギブギブ」
「今離すわスマン」
「はー、空気うまい」
「ったく、なんで俺が泊まりの日にンな阿呆やるん意味わからん」
「石蕗さんこういうの付き合ってくんなさそうだしお嬢は流石に夜集まれないし物部君は早寝だし」
「つまりターゲットにされとったんか俺」
「蛸嶋君なんやかんやで付き合ってくれそうじゃん、」
ごじつはつします
距離
「お嬢、弓できる?」
「弓道なら経験がありますけれど……」
「やけに歯切れが悪いな」
「性に合わないと言いますか……」
「拳で殴る方が早いってこと?」
「端的に言えばそうですね」
うちのお嬢マジ蛮族。
ごじつかひつします
ふゆのはじまり
「お嬢様、襟巻きをどうぞ。体を冷やすといけませんので」
「寒くないので大丈夫ですわ」
「お嬢様、脚の防寒具をどうぞ、足の冷えは大敵ですので」
「寒くないので大丈夫ですわ」
「お嬢様、衣類に貼るホッカイロをどうぞ」
「いりませんってば」
石蕗さんとお嬢、朝の攻防である。
俺は全部装備したけどお嬢本当強いな。寒さに。
女子ってなんであんな寒さに強いんだ。
「石蕗がつければいいじゃないですか!」
「お嬢様、私は既に装備済みでございますので」
「じゃあ倍つけててください!私は寒くないので!」
「万が一ということもあります」
「本当に寒くないんですって」
「いいじゃんつけとけば」
「熱いんですのよ!!」
「おしゃれとかじゃないんだ」
側からみると寒そうですらあるが、お嬢は本当に寒くないと言う。
熱でもあるのか。既に風邪引いてるんじゃないのか。
「尾上君、考えが全て口から出ていますわよ」
「馬鹿は風邪引いてる事に気が付かないってこう言うことか…」
「どつきます」
「もうどついてる!!事後報告じゃん!」
「どつきました」
「健康ですね、何よりですお嬢様」
「俺への拳で健康診断すんのやめてくれない!?」
拳の衰えは無し。まぁお嬢俺相手に全力どつきまわしとかしないけど。した日には死ぬ。体が100に弾け飛んでしぬと思う。
「タイツとカーディガンで十分です」
「じゃあ俺にブレザーちょうだい、2枚着てくわ」
「流石にダサいですわよ隣歩きたくないので却下です」
「というか知らない方が見たら女子からブレザー剥ぎ取って羽織ってるようにしか見えませんからやめた方が」
「なんだよ2人して!!寒いのは寒いの!」
「筋肉に見放された少年……」
「脂肪すらつかない…」
「前よりはついとるわ!!みるかァ!?」
「見てるだけで寒いですやめてください」
「遅刻しますよお二方」
「元はと言えば石蕗が厚着させようとしたからですけど!?」
「俺帰ってきたらコート変えよ…明日は中にもこもこしたやつ着る…」
「12月までは防寒具つけない宣言してたのに…」
「気温1度でつけなきゃ流石に死ぬ」
「臨機応変に対応できて偉いですね」
「なんか腹立つ…」
「褒めてますのに…」
お嬢はタイツとカーディガンとブレザーの組み合わせが好きなので着ているが本当はカーディガンもいらないくらいである
タイツは完全に趣味
あいじょう
多分、貰ったことはあるのだ。
そして今も貰い続けている。
受け止め方も返し方もわからなくて、ただ降り積もるそれらの温度に手を伸ばせず、今日も、躊躇い続けている。
たまたま肩に鳥のフンが落ちてきた時だとか。
「塵紙ありますけれど、使いますか?」
たまたま食堂の頼みたいメニューが完売していた時とか。
「五目ご飯はないそうですが、炊き込みご飯ならあるそうですわよ尾上君!!いやですか、そうですか……まぁ仕方ないですね」
掃除が終わった後のバケツの水を笑い声と一緒に被った時とか。
「タオル……いえシャワーが先ですわね。借りましょうか」
そういう心遣い。
鬱陶しくて、むずがゆい。
ひとつひとつが。
多分やさしさとか愛情、そうよばれるものだと思う。