「希望って字には望と希って2つのノゾミって字が入ってんだよ。強いだろ?どんだけ望んでんだよって思ったんだけど、それ知ってから希望って字を見るを、あ〜これめちゃくちゃデカい想いが込められてんだなぁって思うようになったんだ」
佐久間先生はたまにこうしてウンチクと感想文が混ざったようなことを言う。特に面白くもつまらなくも無いから、みんな反応したり反応しなかったりするんだけど、今回だけは違った。
「へー、じゃあ俺と望にはクソデカ感情詰まってんだな」
死ね。と斜め後ろに座る希に心の中で吐き捨てた。お前と一緒なんて反吐が出る。
「いい字だよな、希も望も」
今度は皆が同意した。すげー、そうなんだー、お揃いじゃんとニヤつくやつもいる。私はただただ、早く6限終われと、時計を睨んだ。
酷い眉間のシワ。
不機嫌そうな口元。
鋭い目。
これが私。
子どもの頃は面倒くさくて仕方なかった衣替えを、大人になったいまなんとなく義務的にやっている。きっと母もこんな心境でやっていたのかもしれないね。
title 衣替え
─────まもなく電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください。
「っせー、言われなくても毎日聞いてるんだよ」
HRのあと、下木さんは口が悪いと先生に言われたばかりのマヤの口がそう文句を吐く。駅のホームには秋の西日が差し込み、風は冷たいけど肌は太陽の光にあたるとポカポカしてくる。
「ねぇフュージョンしようか」
「は?」と笑いつつフュージョンするという言葉自体にときめく。マヤはニヤニヤ笑いながら私が立つのを待っていて、仕方ないなと私もニヤニヤしながらマヤの横に並んだ。
「フュージョンってドラゴンボールのあれだよね?」
「いくよ、フュージョン!」
ジョン!のところで両手をどこかを指さすときの形にして右手を頭の上、左手を腰の辺りで私に向け固定したマヤの素早さに対応できず、ポカンとしていると「おい動けよやる気あんのかよ」と笑われ、じゃあもう一回ね?せーの、フュージョン!と2回目は私も同じように出来たけど今度は指先を合わせるんだよと文句を言われ、んじゃあもう一回するかと3回目にしてようやくフュージョンする。
できたできた!とはしゃぐマヤを、近くにいた隣の高校の男の子たちがちらちら見る。そのうちの一人と目があい、「動画撮ってくれない?」と頼む。スマホを動画撮影に設定して渡す。
「いーっすか?」
「はーい」
「はいチーズ」
「チーズは写真じゃない?」
「あー」
「あーじゃねぇよ」
男の子の後ろにいた他の子が「こえー」と笑い、私とマヤも笑う。
「じゃあ撮りまーす」
男の子はやっぱり「はいチーズ」と言った。吹き出したまま、マヤとフュージョンする。ビックリするくらい指先がピタリとくっついて、マヤと2人でテンションがあがりすぐに男の子に駆け寄った。
西日が眩しい。強い光が駅のホームに鋭く差し込むなか、私とマヤの影も、男の子たちの影も濃くて、だけどよく動き、跳ねていた。
title 放課後
秋風が金木犀の香りを運んで、私は揺れるカーテンの裾に黒カビを見つけ、一気にテンション萎え。