【喪失感】
おそらく私はまだ、本当に大切なものを失った経験がない。曾祖母のことはほとんど覚えていないし、同居していた祖母とは元々あまり相性が良くなかった。飼い猫は最後の一年くらい、近くに居られなかったし。
心の底からの喪失感を私は知らない。
その時が怖い、と思う。
あまり考えたくない。
同時に、そこまで失いたくないと思える大事な存在がいることを『幸せだなぁ』とは思うのだけれど。
【踊るように】
僕の恋人はよく踊る。
踊るといっても、音楽を流してきちんと振り付け通りに、なんてことはしない。
楽しい時、嬉しい時、くねくねゆらゆらくるくると踊るのだ。感情表現の一種であるらしい。
外ではやらない。流石に恥ずかしいみたいで他に誰もいない時だけだ。
つまり、楽しげに踊る様子を知っている人は少なくて、そのうちのひとりになれたことがちょっと嬉しい。
最近、突然踊りだす恋人の存在にようやく慣れてきた。ご機嫌だなぁ、と僕も楽しくなる。
そして、少しずつ、僕も毒されてきた。
大好きなスイーツを買ってもらって嬉しくて、つい、両手を挙げてくるくると踊ってしまった。
距離が近いから、影響を受けやすいのだろう。
体育の創作ダンスの授業なんて大嫌いだったのに、喜びの表現手段として僕まで踊るようになってきている。
実家に帰った時とか、他に誰かいる場所とか、人前でやらないように本当に、本当に気を付けようと思う。
【時を告げる】
今書けそうにないのでまた後で
【貝殻】
昔どこかの砂浜で、小さな薄桃色の貝殻を拾い集めた記憶がある。桜貝というものらしい。
でも、それがどこだったのか。
私は貝殻を拾えるような綺麗な砂浜に縁があっただろうか。どこかに海水浴でも行ったのだろうか。
それがいつのことだったのかも全然覚えていないのだ。
拾った貝殻は、当時宝物入れだったクッキーの缶に入れたような気がする。そのクッキー缶もいつかどこかに消えてしまった。
だからかもしれない。
貝殻という言葉に、私はほんの少しの感傷と懐かしさを感じるのだ。
【些細なことでも】
恋に落ちるきっかけなんて人それぞれなのだろう。たとえ些細なことでも、胸の奥の柔らかい場所に刺さって忘れられない。
僕にとって、それはうっかり触れた君の手の少しのかさつき。しっとりと柔らかいのかと思えば、水仕事でもしているのだろう、働く人の手だった。
この人は頑張っているのだと思った。
支えたい、応援したい、傍に居たい、役に立ちたい、味方でありたい。突然ぶわりと湧き上がった思いに翻弄された。
好きだと伝えないという選択肢はなかった。
振られる可能性なんて考えていられない。
気持ちが膨れ上がって破裂してしまいそうだ。
この思いはちゃんと外に出してやらないと。
応えてもらえなくてもいい。
とにかく伝えて、後のことはそれからで。
だから、ええと……そうだな。
僕は明日にでも、よく効きそうなハンドクリームを買ってこようと決めた。