クリスマスの過ごし方
「あー今年はボッチだわぁ」
クリスマス数日前のできごとである。
夫の部屋のドアを勢いよく開けながら不貞腐れ気味に言う娘。
何度夫に入室時にはノックをするようたしなめられても、一向に聞く耳を持たない。
強心臓なのだ。
夫も夫で、長男にはあれほど恐れられていたはずが、娘の前では静かなものだ。
パタンと音がして、どうやら部屋の中に入ったことがわかる。
私はリビングで一人、お習字のおけいこをしていた。
月のハネがどうしてもうまくいかない。
どうしたらお手本のようになるのか、数日前から試行錯誤を繰り返していた。
正座をした左足の腿のあたりがじんわりとあたたかい。
犬がくっついて寝ているのだ。
「ねぇねぇお母さん」
リビングに入って来るや、私の足から犬を引き剥がし抱き上げた娘は、ソファーにドンと背中を預けた。
犬は迷惑そうにあくびを繰り返している。
「本来のクリスマスの過ごし方は、家族みんなで祝うものだよってお父さんが言うの」
「そう、それで?」
私は一画目の入筆に集中した。
「だから、私言ってやったのよ。うちは家族みんなバラバラじゃないって」
そう言って娘はケラケラ笑った。
なかなかいい。
太すぎず細すぎず、左払いのカーブも毛先の纏まりも理想的だ。
私は二画目の角も成功させ、縦線に意識を集中した。
「ねぇ聞いてる?」
「聞いてるよ」
角の勢いのまま、太さを保ちながら少し線を反らせ気味に、一画目の長さを超えたあたりで筆先を纏め、左斜め四十五度の方向に徐々に力を抜いていく。
「お、うまい、成功じゃん!」
後ろから覗き込む娘に、私はそうね、まぁまぁいいねと答えてみせた。
子どもたちが小さい頃の我が家のクリスマスと言えば、それはもう盛大だった。
キラキラのツリーに子どもの人数分の大きなプレゼント。
ケーキは白いのが好きな子と黒いのが好きな子のために、大きなホールのを毎年二つ用意した。
定番のチキンにピザにジュース、お菓子もたくさんたくさん。
絵が得意な次男に家族みんなの似顔絵を書いてもらい、折り紙を細く切って作ったお手製の輪っかはみんなで手分けして壁に飾った。
サンタやトナカイの仮装をして、クラッカーを鳴らし、シャンメリーで乾杯してパーティーの始まりだ。
そこにはもちろん子どもたちの眩しい笑顔があった。
三番目のこの子は、残念ながらあの頃のキラキラしていた記憶があまりないらしい。
「お父さんをあんまりいじめないであげてよ」
私は書き上げた月を眺めながらそう言った。
「いじめてなんかないよ。私がいるからこの家はもってるんじゃない。二人には感謝して欲しいくらいよ」
だそうだ。
実際、そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
ただ、愛の形が変わっただけの気もするし、元からそんなものは無かった気もする。
月のハネのようには人生うまくいかないのだ。
そんなことを思ったクリスマスイブ前夜であった。
お題
クリスマスの過ごし方
寂しさ
一人でいることが寂しいのは当たり前のことだ。
問題は二人でいるのにさらに寂しい思いをしているということ。
これはもう、本当に大問題だ。
他の誰かで埋められるのならそれでもいいか。
根本的な解決にはならずとも、とりあえずの寂しさを埋めることは出来るのだから。
寂しさは体に良くない。
もちろん心にはもっと良くないものだ。
大人になるとそんな解決の仕方もあるのだと知る。
私も汚れたなと思う。
でも構わない。
寂しさを抱えて朽ちていくより、ずっと健全な方法なのだから。
お題
寂しさ
冬は一緒に
あなたと一緒なら怖いものなどなかった。
周りの視線も噂話の類も
そんなもの簡単に跳ね除けられると思っていた。
それくらい純粋な気持ちだったから、もしかしたら許されるのではないかと勘違いしてしまった。
でも間違いだった。
そう気付くまでに、そしてそれを受け入れるまでにずいぶんと時間が掛かってしまった。
冬は一緒に
春こそ一緒に
夏なら一緒に
せめて秋なら
そうして叶わない季節の繰り返しを何度したことか。
あなたの弱さを責めることで、私はどうにか自分の心を保つことが出来たのです。
もうあんな恋はしたくない。
草食男は懲り懲りです。
お題
冬は一緒に
風邪
喉が痛い。
冬特有の扁桃腺の腫れを感じる。
何もこんなことで季節感を感じたくはないのだが。
頭も痛む。
あの人にそう言ったら、いつもよりも長めに首筋をマッサージしてくれた。
それでも私は機嫌が悪い。
どうやら原因は風邪だけではなさそうだ。
覚えていて当たり前のことをあの人は忘れていた。
マイナス三十点。
大幅な減点だ。
風邪に効くお茶だよ、苦いけど飲んでごらん。
苦い、想像以上に苦い。
とても飲める代物ではない。
あと五点減点した。
お題
風邪
雪を待つ
どうしよう涙が止まらない。
不安や不満や不信感や
不謹慎や不道徳や不確かや
そんな不のつくものばかりに埋め尽くされそうになっている。
だから嫌だと言ったのに、あれほど断り続けてきたというのに。
雪を待つ?
そんなの知らん。
私が待つのは雪などではない。
平穏だ、心の凪だ。
お題
雪を待つ