私にとって特別な存在は家族だ。
誰がなんと言おうと、
私が世界で1番大事なのは家族だし、
家族のために生きている。
自分のために生きるなんてできなかった私に、
生きる理由をくれた。
沢山のお金をかけて、
沢山の時間を使って、
沢山の愛で、
今日まで生かしてくれた。
お母さんも、
お父さんも、
お姉ちゃんふたりも、
妹も。
全員大切で、特別。
両親は離婚したし、
お姉ちゃんも一人暮らしして離れ離れだし、
私もいつかはお母さんの元を離れるのだろうし、
妹も家を出るのだろうけど。
それでも、
今でも、
6人で囲んだ低い座卓と、
古いフローリングに敷いた薄い座布団の、
暖かくて賑やかな食卓の光景が、
私の全ての原点であり、
心の支えです。
優しい嘘は、
現れた時に
優しくない嘘よりも辛くなる。
投げやりに怒ることも、
相手を恨むことも、
悲しんで泣くこともできない。
お願いだから、
墓まで持っていってね。
空が泣いて、花が咲くなら。
私が泣いたら、何が咲くのだろうか。
神様だけが知っていることなんてあるのだろうか。
自分たちがこの言葉を使う時も、
「自分と神様だけが知っている」というようなニュアンスだと思っている。
そもそも無宗教の私にとっては、
神様が独立して存在していることも謎である。
人が信じるから存在しているのに、
人の知りえない部分を知っているのは何だか矛盾している気もする。
もしかしたら、誰も知らないことを「知っていてほしい」と思ったときに、神様にそっと囁いてしまうのではないだろうか?
人間でない誰かに秘密を共有する、もしくは託すことで消化しようとしているのかもしれない。
暴かれたくないものだからこそ神様にだけ教えることができる。
人間はそうして無意識に嘘だらけの世界を作り上げている。
それを神様が全てさらけ出してしまったら、
世界はきっとめちゃくちゃになる。
無条件に信頼しているのだ、
これが暴かれることはないと。
真実を暴くのはいつだって人間であり、
世界はそうあるべきなのだ。
真っ白でもこもこな入道雲。
触れそうな程存在感があるのに、
手を伸ばせばどこか遠く感じる。
あれが質量を持たないなんて、
見えているものだけを信じるべきではないと、
優しく教えているようだった。