諦めと不安を振り切り髪を染め
きらめきを取り戻しに行く
きっかけをくれたのは
一瞬だけ触れたあなたの指先
私はこれから少しずつ
きらめきの欠片を手に入れる
一歩
「きらめき」
「何か、いつもと変わったような事はありませんでしたか? どんな些細なことでも構いません」
男は尋ねた。
「そうですね…。いまここにいるのは、昨日ではなく、今日の息子です」
両親はそう答えた。
「そうですか。」
男は顎に手をやり、称賛のため息をついた。
「さすがご両親ですね。昨日と今日での違いがわかるなんて。よくお子さんのことを見ていらっしゃる」
隣でこのやり取りを聞いている俺の肩に、飛んでいった鳩が糞を落としていった。
「些細なことでも」
帰り道
お気に入りの香水の
つけた香りが変わるのは
すべてをさらけるようで恥ずかしい
どうかあんまり気がつかないで
隣の君の温かい腕
「香水」
雨に佇むわ
真綿のような
縫い針のような
細く生ぬるい
まっすぐな雨に
トレンチコートの腰は細く締め
ハイヒールと
それとお揃いの真っ赤な口紅を引き
濡れた黒髪は艷やかにまとわりつく
ウイスキーを煽り
溶け出して潤めいた氷をさげずむ
私は片付いたばかりの食卓に肘を付き
壁の窓の向こうを眺める
ぼんやりと
ただぼんやりと
たったいま産まれたばかりの別の私に
あの日観た、あの映画のあの女に
どうすれば
このくだらない魂を宿すことができるのかと
ぼんやりと
ただぼんやりと
車の弾く、かすかな雨音を聞きながら
わりと真剣に考えている
「雨に佇む」
吸ったり吐いたりを繰り返し
いつしか私は海になる
暗闇に抵抗し、ほのかな明かりに照らされて
ゆっくりゆくりと波になる
引潮と満潮と
このまるで小さな身体の中で
大きな大きな海となる
海へ
初めは海から産まれたという
ああそうか
だから私は真似をする
小さな波は大きな波へ
やがてふたたび小さな波へ
海へ
とろけだし、ふたたび海へ還るまで
遠くの大地で雲となり
いずれ還るその日まで
たくさんの海が
そこらかしこで凪いでいる
「海へ」