ブランコに乗ってるとき、私の心は落ち着く。
両親が喧嘩した日も、叱られた日も、無視された日も、母から打たれた日も、罵倒された日も、陰口を叩かれた日も、私は近所の公園のブランコに座っていた。
流れる雲を見ながら、「私は悪くない」と心の言い続けた。
今も変わらない習慣。何か辛いことがあると公園に立ち寄る。ブランコに座ってぼーっとする時が少し落ち着く。
「栗原さん。何してるんですか」相棒で大学の先輩の小塚さんが公園に来た。珍しく休みなのにお出かけ用の服に着替えていた。いつもならボサボサの髪も、今日は整えてあった。
「小塚さん?なにか分かったんですか?」
「いえ。ただ、栗原さんがお腹空いたかなと思いまして。」彼の推測は、悔しくもあっていて、私はお腹が空いていた。
「お腹空きました。誰かさんのせいで朝食べてないので」あたっていたのが悔しかったので、今朝のことをいじってあげた。すると小塚さんは、顔を真っ赤にした。
「く、栗原さんだって乗り気だったじゃないですか。」
「その気にさせたのは先輩ですよー」とブランコを前後にふった。少し早く、高く、ブランコが振れた。
「はいはい。そんなことより、何食べますか?繁忙期も開けたので、久しぶりに外食でも行きません?」少し着飾った服に納得ができた。
「行きたい!…ですけど、今はちょっと…」彼がキレイな格好をしていても、私が普段着のパーカーでは外食にはいけない。同僚に会ったら大変だ。
「そうですか…では外食は夜にでも。」そう提案する彼に、私は提案をした。
「ねぇ小塚さん。私、小塚さんのおにぎりが食べたいです。ここで」
「ここでですか?」
「はい。ここで」
「分かりました。栗原さんも手伝ってくださいね」
「分かりました。」
彼の持っている赤色の小さな箱には、気づかないふりをした。
突然なのだが、旅行は好きだろうか。
僕は嫌いだ。
なぜなら、旅に出るメリットがわからないからだ。
旅というものは、時間もお金も、体力さえも奪い、旅行でできるものは今の時代は全て家で完結する。
景色が見たいのなら、今どき皆が持っているその箱で調べればいい。食べ物が食べたいのなら、通販で頼めばいいだろう。
ただ。僕も一度だけ、旅行をしたことがある。
それは、今も僕の心の半分以上を埋めている。
一緒に旅行に行った彼女が、彼女という存在が、僕を何年も縛り続ける。旅の最後に死んだ彼女を僕は手放せない。
それから何十年経って、見合い相手と結婚した。妻との間に生まれた娘の名前は、彼女と同じ名前。
それからまた何十年。結婚すると、娘が連れてきた相手は『彼女と同じ名字』を名乗った。