子供部屋の片隅で、
風船頭の怪物が 、
二歳の息子を貪っている。
#部屋の片隅で
世界中、
どこもかしも大不況で、明日の朝のパン一枚も買えず
庭の泥を啜って腹を満たす人で溢れているのだから、
未だに高層マンションに住めるだけでも御の字だ。
昼夜問わず、窓越しにたくさんの逆さまの顔が通り過
ぎていくのを見ることくらい、なんてことない。
#逆さま
こぶし大の石が延々とばら撒かれているような雨音
が、眠れないほどに酷かったので、
堪らず重い瞼を持ち上げたら、
天窓を一心不乱に叩くびしょ濡れの大女と目が合った。
#眠れないほど
闇の上を歩いている。
踏みしめる地面は、柔らかく、骨ばっていて、何度も足をとられそうになる。
それでも私は、右手の蝋燭の火で足元を照らそうとは思わない。
自分が今、一体全体何の上を歩いているのか、知りたくないのだ。
ぼやけた灯りでひたすらに闇の先を照らす。
見上げてばかりで、だんだんと首が痛んできた。
左足が何か固いものを踏んだ。
私は飛び上がった。
よろけた足の裏から、短い悲鳴が聞こえてきたのだから。
#キャンドル
思い返しただけで本当に腹が立ちますよ。
私の腕を振り払った柔らかい手、私の体を押さえつけた無数の小汚い手。
この五年間、脳裏を過ぎるたびに脳味噌が沸騰して、胃が胃液をぐるぐると掻き回して、私を長く苦しめてきました。
あなたのことも、ほんの一瞬だけ恨んだ日もあります。
何であの時、私のことを「あんたなんか知らない」と嘯いたのかと。
でも、今はもうそんなことどうだっていいんです。
この狭い部屋の中で、あなたの言葉の真意を毎日毎日考えましたが、そんなことしたって無駄だと気づいたんです。
全てはあなたに聞けば済む話なんですから。
川崎駅前病院、まだ通っているそうですね。
私が刺した背中の傷が、未だにあなたを苦しめているということなのでしょうか。
そのことについてはあまり深く思い詰める必要はありません。
あなたの彼氏として、一生をかけても償う所存ですから。
あと三日で、ここを出られるそうですよ。
またお会い出来る日が、今から待ちきれません。
#また会いましょう