遠くの街へ
古来、我々人類は、異世界に対して畏怖の念と同時に、強い憧れを持って来た。
作者・執筆年不詳だが、我が国最古とされる竹取物語では、富士山と月が物語中に登場する。
当時は、高層建造物は無く、かなりの遠隔地からも富士山は見えた事だろう。
地名は、何も、当時の権力者が思い付きで命名したモノばかりでは無い、有名何処ろでは、大阪なら
USJの辺り迄は地盤がしっかりして居る。
つまり、USJより海に近い土地は全て埋め立てであり、液状化等の危険性が高い。
東京は、今の23区内は全て埋め立て地と云っても過言では無いが、例えば、道玄坂は今でも治安上不安が有るが、来歴を観れば、昔は盗人の巣窟だったそうだから納得だ。
一時期、平成の大合併と、キラキラネームが自治体名にも流行ったが、あれは頂け無い。
君は今・・・
この場合、君を、どう捉えるか?!で、大きく異なって来る。
1 君=過去付き合った誰かの場合
彼女が、元気にしているのか?幸せなのか?
2 君=過去の自分の場合
今、成功して居れば、過去の◯◯、頑張ったぞ!
然し、今、低迷して居たら、ひょっとしたら、俯
いて居るかも知れ無い。
恐らく、このキーワードは、その人の人間としての厚みに由来すると思われる。
小さな生命と云えば、真っ先に思い浮かぶのは、生後間も無い、赤ちゃんだろう。
確かに、赤ちゃんの時は、無限の可能性が在るのかも知れ無いが、実は、既に、無限の可能性では無い。
例えば、我々は、自らの自由意志で、生まれて来る時代や、階級、家庭を選ぶ事は、出来無い。
仮に、王族に生まれたとしても、必ずしも王になれるとは限ら無い。
貧困層に生まれたら、哀しいかな、殆どが、やはり、貧困層になると云われて居る。
確かに、子供は鎹(かすがい)=宝だが、成長するに従って、可能性は極めて限定的だと、思い知らされて行く。
何時の世も啓発本は、一定の人気が在るが、先ず、再現性は無いと断言して差し支え無い。
我々は、機械では無い、仮に、人工知能を組み込んだロボットなら、Command=逆上がりをやれ!と
命令されたら、出来る様になる迄、何回でも、何十回でも、やり続ける。
然しながら、人では、そうは行かない。
直ぐに出来る子も居れば、何回挑戦しても出来無い子も居る。
それだけでは無い、何回かやっても出来無ければ、もう嫌だとなる子も居る。
学校教育は、極めて平等だ、それでも、一組に30人居れば、1番〜30番迄の順位が付いてしまう。
ふと、徒然に、打ち込んでみた。
枯葉と云えば、銀杏の黄色や、紅葉の赤、文字通りの褐色をイメージする。
但し、それらは、表面的なモノで、本質的では無い。
表面的な、イメージからは、秋を連想させ、それらは、実りを意味する。
然しながら、本質的なモノとしては、もう既に、役に立たなくなったという感じを、どうしても、払拭出来無い。
それは、アンコンシャスバイアスによるものなのであろう。