私はちっぽけな一部。
誰にも期待されない、そのへんの石ころ。
井の中の蛙。
だけど私には世界が見える。
いい所も、悪い所も、上手くいっているところも、上手くいっていないところも。だから私は小さな世界で、なにも巻き込まれずに平和に生きてる。好きなことをして、好きなだけ生きてる。
妄想でしかない。
けど、妄想じゃない。
外の世界からやってきた友達が、私を憐れむ。
「そんなところにいないで、出ておいで」
ここは居心地のいい、優しい場所。
そんなところなんかじゃない。
そう言うと、友人は怒って居なくなった。
別の友人が、私を羨ましがる。
「あなたは小さな世界で幸せに生きてていいね」
ここは私以外何もいない。外は何でもあって、みんないて、何不自由もなく生きられる場所。だけど、それが苦しいなら、こっちにおいで。
そう言うと、友達は少しの間だけ降りてきてくれたけれど、やがて退屈になって居なくなった。
私は、行かないで、一緒にいてと言えなかった。
ここは、外より素敵な場所じゃない。
寂しくて、何も無い場所。
妄想の中で、好きなものを好きなだけ並べてみるけれど、目が覚めると、何も無い。
当たり前だ。
妄想では簡単だけど、現実で理想を作るのは簡単じゃない。
だけど、頭の中だけじゃ、物足りない。
友達に触れた温かさや、感触が、忘れられない。
実際に見て、聞いて、嗅いで、触れて。
その感動を、誰かと共有したい。
その誰かも、私に冷たい人じゃなくて、私を受け入れてくれる人がいい。
この小さな世界も素敵だねと、言ってくれる人がいい。
外の世界を見てみたい。
この場所を失うことなく。
私は、わがままで、欲張りだから。
全部手に入れられない冒険はしたくない。
私はちっぽけな一部。
だけど、小さな世界では、私以外のものが小さくて、自分だけが特別だと勘違いしそうになる。私がちゃんとしないと、この小さな世界が壊れてしまう、なんて、不安になる。
そんな私が、大きな世界の中の一部だと思い知らされた時。
特別ではないと、絶望するだろうか。
私はもう頑張らなくてもいいのだと、希望を抱くだろうか。
ただ、小さな私の言う全部なんて、世界から見たら高が知れているだろう。
外の世界とは、どんなものだろう。
私が思ってるより酷くて、美しいものかもしれない。
少なくとも、そこはちっぽけな私の想像をはるかに超える世界だ。
手放そう。
愛情への執着。
今まで理不尽な扱いばかり受けてきたよね。愛されようとして、たくさん頑張ったのに、報われなくて、泣いていたよね。寂しくないふりをして、良い子を演じてきたよね。
結局誰にも愛して貰えなかった。
だけど、誰もが嫌うような、その感情だけが、自分を愛そうとしてくれたこと、覚えていよう。
自分を愛せない人間に、他人は愛せないって言葉に、傷つけられてきたけど、私が私を精一杯愛そうとした証拠が、ここにある。
だから、もう大丈夫。
理不尽への苛立ち。
我慢して飲み込んできたこと、たくさんあるよね。誰にも気づいて貰えなくて、苦しくて、悔しくて。だけど、それをぶつけてしまったら、今までの我慢や苦労が水の泡になる。そんな恐怖に苛まれたし、全部どうでも良くなって、自ら間違いを犯してしまったことだってある。自分のことを、さらに許せなくなったよね。
理不尽に対して怒りながら、その裏では自分ばっかり責めていた。本当は、人を幸せにしたい。自分だけが、不幸でもいい。そんな綺麗事の中にいたかった。
けど、自分をいちばん大切にしないとダメだって、この苛立ちは教えてくれてる。
だから、もう大丈夫。
今まで、ずっと守ってくれていたのに、気づかなくてごめんね。
ありがとう。
自分も他人も助けたくて守りたいと思ってやった行動を全否定された気分になった。
誰からも理解されないと思ってたはずなのに、仲が良くなったらもしかしたらって期待してた。
そんなこと、あるわけないのに。
取り繕うことも出来なくて、気を使わせたことだけ分かってしまって、誰かのために頑張りたいなんて、想うことが、もうつらくて、苦しくて。
それでも私は、これからも誰かに優しくしたいと思うのだろうか。
そうやって好かれて、喜べるんだろうか。
私の心はすり減っているのに、誰かの笑顔を見れるならいいやって、思えるんだろうか。
助けを必要としている人ほど、助けを求めない
助けたいと思えば思うほど、助けてと言われないと動けない
ほんの一歩踏み出せば、道は開けるかもしれない
それは奇跡で、当たり前じゃない
だけど、一歩を踏み出すことを諦めなければ、
いつか奇跡は偶然ではなく、必然になる