ゆさ

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8/4/2023, 1:31:06 PM

「つまらないことでも」

平凡な性格で平凡な大学を出て平凡な会社に勤めている。
毎日同じ時間に起きて同じ道を通って仕事に行き同じ仕事をして帰る。
大きな問題もなければ大きな喜びがあるわけでもない。
かと言って平凡な日常に不満があるわけではない。
ただ、この平凡がつまらない。
ただ、この平和がつまらない。
ただ、この平穏がつまらない。
そんな人生を送ってきた。
僕は本当につまらない男なのだ。

そんなある日。隣の部屋に住む女性が自販機を詰まらせていた。
流石に素通りは出来まい。
自販機の取り出し口を覗いている彼女に僕は声を掛けた。
「大丈夫ですか」
「ああ、お隣の。私、いつも詰まらせちゃうんですよね」
彼女は苦笑した。
聞けば彼女の周りのものは何でも詰まるという。自販機も詰まるし、水道も詰まるし、塩も瓶に詰まるし、大事なときに言葉に詰まってしまう。
勿論彼女の物の扱いが悪いということではなくて、きっと全てのタイミングが悪いということなのだろう。
それは大変だろうなと思う。

しかし困ると言いつつ彼女は笑った。
「だから私、色んな詰まりを解消するの上手いんです」
自販機は色んな機械を詰まらせ過ぎて、どの機械がどこの管理会社か、どう言えば的確かを把握しているし、水道を詰まらせてもある適度自分で直せるし、とっさに言葉が出てこないなら他の方法で伝えればいい。
「前向きなんですね」
僕だったら延々と何かへの不満を述べていそうだ。
思わずそう呟くと彼女は意外そうに目を瞬いた。
「どうでしょう?まあ小さい頃から色々詰まるので。それよりも詰まった時の対処を覚えたり、今日は何も詰まらなかったぞラッキー!って思っちゃいます」
からりと笑う彼女が眩しく見えた。

「で、出てこない自販機はどうしましょうか」
眩しい彼女からちょっと目をそらして僕は自販機を見つめた。
「いつもだったら諦めるんですけど、今日は2本買っちゃったんですよね。2本目買ったらその勢いで落ちるかなって」
「そりゃ勿体ない。ちょっと叩いてみましょうか」
「あまり振動与えたら防犯装置発動しません?」
「そんなに強くなければ平気じゃないかな」
心配そうな彼女を背に自販機に振れると、叩くまもなくストンとドリンクが落ちてきた。
「きゃあ、出たあ」
彼女が飛び上がって喜ぶ。
「一体どうやったんですか」
どうこうも僕はまだ何もしていないのに。わずかに自販機に触れただけなのだ。
それでもあえて言うなら――、
「……僕がいつもつまらない男だってことかなあ」
「なにそれ」
彼女が嬉しそうな笑い声を上げた。

その後、彼女からお礼代わりにと2本目のドリンクを貰い2人で飲んだ。
いつもと変わらないのに、こんなに美味しいものだったのかと思った。
つまるところ、世界を変えるのはどんなにつまらないことでもいいのだろう。
ふと見上げたいつもの夕焼けが、今日はとても綺麗に見えた。