世間はクリスマス。
街を出ると至る所でイルミネーションが煌めいていた。
美しさに見惚れている僕の前をカップルや親子連れが通っていく。
みんな笑顔で微笑ましい。
そんなとき懐かしい香りが頬をかすめる。
ゆずの香り。
あの子がお気に入りだった優しい匂い。
視線を向けてもあの子はいなかった。
そうだ、ここにいるはずがないだろう。
知っていたけど別れを受け止めるにはまだ日が浅くて。
ニコニコとまぶしい笑顔を浮かべる彼女を想い浮かべながら寒空の下、ただ歩いていた。
境はどこにあるだろう
目を瞑るとそこは夢な気がする
何も無いくらい闇
目を開けるとそこは現実な気がする
ものの表情が見えるのだ
ふわふわ
夢の中を漂っている日々が続いている
誰かがこの境を見つけて
夢の沼に沈んでいる私の腕を引いて
お願い。
夢と現実の境に終止符を。
誰か。
最近妙に人肌が恋しい。
あの人に会いたいからなのか。
いいや、冬の寒さがそうしているだけだ。
心の中でつぶやきながら
牛乳を入れた小鍋を火にかけた。
ミルクココアを数杯マグカップに入れ
沸騰した牛乳をゆっくりとかけていく。
ダマになってしまわぬように
ティースプーンでくるくると混ぜる。
ふわりとココアのよい香りがして
途端に懐かしい気持ちになった。
冬に出会って冬に別れたあの人。
タバコを吸うあの人の横で
あったかい缶のココアを飲んでいた
あのときの記憶が、缶から伝わる微熱が
たまらなく愛おしかった。
一瞬だった。
何気ないひとことのつもりだった。
キミの顔がこわばって
大粒の涙がぽたりと零れた。
とんでもないことをしたと理解しても
狼狽えて言葉を出すことが出来なくて。
僕はキミが立ち去るのを黙ってみていた。
"さようなら"とだけLINEが来て
ブロックされていることも確認して
僕まで涙が出てきた。
辛いのは彼女なのに。
『ごめんなさい』と放った言葉は
誰に届くこともなく落ちていった。
隣の家は楽器を作っている。
夫婦で事業をしているらしく
日々、木を削るような音がしてくる。
Googleのレビューをみたら好評らしい。
今度ローカルのテレビ番組にも
紹介されるらしく、なんだかすごいなぁと思っていた。
夜中にものすごい音で起きた。
バリバリと硬いものを削るような音。
こんな時間に隣人が作業するわけないのに。
不審に思いながらも眠気には勝てず休むことにした。
1ヶ月後、隣人が逮捕された。
強盗に入った若者に反撃。
殺してしまったと思った隣人は
パニックになって...。
あの夜の音はそういうことだったんだな。
闇バイトには気をつけて。