#泣かないよ
部活で先生に叱られた。
バイトで店長に怒鳴られた。
仕事で上司に注意された。
泣く事は負けだと思っていた。
それでも自分の感情が言葉にできなくて、堪えきれずに
どうしても涙が溢れる事があった。
でも涙は誰かに見せたくなかった。
慌ててトイレに駆け込んだり、
誰もいない空間に逃げ込んだりしていた。
泣いた事が分かる顔で家に帰る事も嫌だった。
薬局でメイク道具を買って必死に誤魔化していた。
大丈夫、私はできるから。
ちょっと感情が抑えられなくなっただけだから。
自分に嘘の言い訳をしながら涙を拭っていた。
「ねえ、君って泣き顔見せてくれないよね」
最近同棲を始めた彼に、言われた。
「え?喧嘩とかしてないからね笑」
「そうじゃなくて、仕事とかで嫌な事があった時とか。
隠しているんだなと思っていたから言わなかった
けれど、気づいているよ」
「…、ごめん」
「ああ、ごめん。怒っている訳じゃなくて、
そういう姿を見せる事が苦手なんだろうけど
少しは頼ってくれると嬉しいなと思って…」
「そうだね…。ありがとう」
「だって俺ばっか泣いている姿見せてるのも
恥ずかしい…笑」
「確かに、そうかも笑」
彼は驚く程、私の前で泣いている。
嬉しい時、悲しい時。結構涙脆いらしい。
「俺との事では泣かせないよ。でも君が知らない所で
1人で泣いているのは悲しいから」
「ふふ、ありがとう」
久しぶりに上司から叱られた。
あまりにも理不尽で、返す言葉も上手く見つからず
涙が溢れそうになる。
あんたの前では絶対泣かないよ。
何で私が泣かないといけないの。
怒りと悲しみを抱えて、玄関を開けた。
「おかえり!…、なんかあった…?お疲れ様」
優しい彼の笑顔を見て、1日抱えていた物が
溢れ出してくる。
「…ごめん、」
「んーん、やっと頼ってくれるようになったね、」
「…ん」
「寒いからシチュー作ったよ。一緒に食べよっか」
彼の優しさにもっと涙が溢れてくる。
「え!ごめん、なんか嫌だった…?」
「んーん、違うよ。ありがと…」
あなたの優しさのせいだよって言ったら何て言うかな笑
きっと困ったみたいに笑うんだろうな。
大丈夫。泣かないよ。
優しく受け止めてくれるあなた以外の前ではね。
#平穏な日常
朝、携帯から嫌な音楽が流れ始める。起きる時間だ。
「んん…、」
スッキリ開かない目でアラームを止める。
いつもより、5分遅い。
慌てて起き上がって支度を始める。
電車は今日も満員だ。人混みは得意じゃないのに…。
嫌な気持ちをしまい込むように
鞄からスマホを取り出す。
「あっ、そっか」
思わず出た独り言を隠すように慌てて咳払いをする。
今から13年前。
平穏な日常が一瞬でなくなった。
幸い、私の住んでいる所は少し遠かったから
すぐにいつもの日常が戻ってきた。
それでもTVから流れる映像はいつもの日常からは
ほど遠い物だった。
教科書でしか知らなかった災害の怖さ。
遠くにいても感じる揺れに、先生の緊迫した声に
今とても危険な出来事が起きている事を理解した。
一瞬でなくなってしまう日常に、
今生きている事が当たり前ではない事を
改めて知らされた。
あれから長い月日が流れ、なくなってしまった街は
少しずつ平穏な日常を取り戻しているのだろう。
それでも心に刻まれた恐怖や悲しみは
決してなくならない。
自分の近くでいつ起こるか分からないけれど、
今友達と会ったり、好きな音楽を聴いたり、
当たり前の毎日がこれからも続きますように。
これ以上、平穏な日常がなくなりませんように。
誰にお願いしたら届くのか分からない願いを胸に
私は今を生きていく。
#愛と平和
「ねえ、お母さん。愛って何?」
高校生になる娘が夕飯を作る私にそう尋ねた。
普段、愛や恋などとは無縁の話をする娘の唐突な発言に驚いて菜箸が床に落ちた。
「ちょっと、いきなりどうしたのよ」
「学校の宿題でさ、愛と平和について考えなさいって
言われたから。平和は何となく分かるけど愛って
何かなって思って聞いた」
「すごいテーマの宿題ね。うーん、愛か…」
宿題だから自分で考えた方が良いのではという
心の声は置いておく。
「お母さんは愛があれば平和になると思う?」
「そうね…。基本的には平和になるんじゃないかな」
「基本的には…?ならない時もあるの?」
「愛が深すぎてしまうと、
独占欲に変わったりするじゃない?そうなると相手の
自由を奪ったり、気持ちを無視したりする事にも
繋がったりするから平和とは言えない気がするわ」
「束縛的な事…?それは確かにそうかも」
「でももっと広い心でみんな仲良しみたいな愛だったら
きっと争い事が生まれなくて平和になると思うわ」
「なるほど…。お母さんは家族の事、愛してる?」
「そうね、愛しているわ。でもそれでいうと
少し深い愛になるかもしれないわ」
「えっ…、どういうこと?」
「もし家族が危ない目に遭った時、
自分の命を犠牲にして守りたいって思うからかな」
「えー、みんなで助かろうよ。それか、みんなで犠牲に
なろうよ」
「んふふ、あなたも中々深めの愛をもっているのね」
「あ、そうかも笑 だってお母さんの娘だしね。
宿題、終わりそう。ありがとう!」
早口で言った後、どことなく顔が赤くなった娘は
自分の部屋へ逃げるように向かって行った。
「可愛い娘。閉じ込めたいほど愛しているわ」
#バレンタイン
部屋中から甘い香りがする。
お菓子作りなんて久々にした。
小学生の頃は友チョコなんて物が流行って、
クッキーを作ったり、いちごにチョコをかけたりして
ラッピングして渡していた。
好きな相手にチョコを渡したのも小学生だった。
市販のチョコと鉛筆。
何が好きか考える時間がドキドキした。
あれから20年。
久々に好きな相手へチョコを渡す事にした。
市販のチョコは絶対美味しいし、見た目だって素敵だ。
それでも手作りのチョコを渡したい。
バレンタインには手作りを。
恋をする相手の為ではなく、恋をする自分の為に。
自己満足に過ぎないけれど、イベントは全力で楽しむ。
社会人になった私のポリシーだ。
それでも思いが届いたらいいなと願いを込めて
丁寧にリボンを結ぶ。
私の気持ち、気づいてくれていますか?
実は小学生振りの手作りチョコなんです。
大人になってこんなにドキドキする事が久々過ぎて
今、私どんな顔していますか?
今日の為に新しいワンピースも買ったんです。
とびきりかわいい私でいたいから。
溢れそうなドキドキを胸に紙袋を差し出す。
「実は、前から好きだったんです…」
#あなたに届けたい
昨日、仕事で失敗しちゃったんだ…。
今日、新しい靴を買ったの。
明日、久しぶりに会う友達とご飯に行くんだよ。
悲しかった事、嬉しかった事、楽しみな事。
小さな事も大きな事も全部あなたに伝えたい。
子どもの頃、人に自分の事を話すのが苦手だった。
今でもそれは変わっていなくて、
友達との会話は聞き役が多い。
私の事なんて…ってネガティブな感情が先行して
躊躇ってしまう。
でも、あなたにだけは何でも話してしまう。
本当は自分の話をする事が苦手なのは彼も知っている。
彼と付き合う前、一度だけネガティブすぎる思考を
話してみた。
面倒だなって思われるかな…。
「俺は君の事、知りたい。君に興味がある。
俺も何でも伝えるから、君も何でもいいから
教えてくれると嬉しい」
怖くなって俯きながら話す私に彼は言った。
彼は何でも伝えてくれる人だった。
朝、パン食べたよ。段差でつまづいて恥ずかしかった。
昇進試験に合格したよ。
些細な事から大きな事まで何でも。
そんな彼に影響されて今では私も自分の事を
伝えるようになった。
受け止めてくれる人がいるから安心して伝えられる。
今日の出来事と一緒に私の気持ちをあなたに届ける。
"今日ね、お昼食べたワッフルが美味しかったよ。
いつも色々聞いてくれてありがとう。大好きだよ"
"何、急に…。ビックリしてお茶吹いたんだけど…笑
こちらこそいつもありがとう。俺も大好きだよ。
今度、そのワッフル一緒に食べに行こうね"