昔は喫煙所を探すのも大変だったのに。そう呟いた男は崩壊した街を見下ろしながら、ふぅっと煙を吐き出した。静まり返った世界に響くのは、大きな地鳴りと敵の声だけ。“もっと早ければ”、“もっと強ければ”なんてことは考えない。俺たちはまだ諦めてないんだから。でも、もし過去に戻れるとしたら…
「煙草、もっと買っとくんだったなあ…」
「感傷に浸ってないで、ほら次行きますよ」
“もしも過去へと行けるなら”
夜明け前が1番暗い、とか何とか誰かが言ってた気がする。と月明かりすらない窓の外をぼんやり眺めながら考える。あぁこのまま日が昇らなければ、この闇が続いてくれたら…こんな気持ちになるのは君のせいだろう。隣で眠るアホ面に少しだけムカついて鼻を摘んでやる。驚いて起きた君は数回の瞬きの後、こっちを見て笑う。その笑顔がこの世で1番明るい気がして、また少しムカついた。
「明日早いからはよ寝よーや」
「見送りたいから起こしてね」
“夜明け前”
東京なんて飛行機ですぐじゃん。なんて笑いながら言うお前に、そういう事じゃねぇよって笑って返した。あの日から1年が経とうとしている。相変わらず地元で燻っている俺は、どこまでも続く青い空に飛行機が飛ぶのを見る度、あの日のお前を思い出す。
「だからってお前が帰ってくることないだろ」
「飛行機怖くて地元から出れないくせに。」
“どこまでも続く青い空”
やっとこの日が来た!ドキドキと胸を高鳴らせながら、随分と前に洗濯を済ませておいたセーターに袖を通す。甘い柔軟剤の香りに包まれ、自然と笑みがこぼれる。今日から冬服、冷たくなった風を切りながら学校へ向かう。少し浮かれすぎてお弁当を忘れたことにも気付かなかった。
「あっ!俺のセーター!!お前が持ってたのかよ。」
「今年もお世話になりまーす!!」
“衣替え”
ステージから降りてきた先輩は俺を見つけると嬉しそうに走ってきた。爽やかな汗を流しながら、さっきまでファンに向けていた笑顔を俺だけに向けてくれている。声が枯れるまで歌い続けてたのに、カスカスの声で必死に話しかけてくれている。この瞬間を見れるのは俺だけ、そう思うと幸せが込み上げてくる。
「今日のライブどーだった?格好良かった??」
「めちゃくちゃ格好良かったですよ。」
“ 声が枯れるまで ”