サヤカアイ

Open App
5/17/2024, 12:42:59 PM

真夜中。
最も夜が更けたとき、深夜0時。
普通の平和な国に住む良い子であれば寝ている時間だ。だが、この街にはそんな子は、いや人自体いない。平和?そんなの20年も前に潰えた。俺は火の無いタバコを咥える。
(今日も生存者0か)
この街にはとある噂が広まっていた。この街は平和であり、死の恐怖を感じずに暮らせる街だと言われていた。しかしそんな噂は今となっては真っ赤な嘘となる。
今から20年前、街に突如人食いの化け物が現れるようになった。人はこの化け物に喰われ、血肉にされている。しかし、誰がこんな事を?と疑問を持つ者はいなかった。何故ならその化け物は夜な夜な現れて人を襲い、朝になると忽然とその姿を消すからだ。そう、人々は「誰か」ではなく「何か」に食われて死んでいった。そして、その「何か」による事件を解決するために他国からFBIやら名だたる格闘家やらがやってきたがそいつらも全員食われた。
どうにもならない自体に国王や軍さえ逃げだした。逃げ道のない平民はどうしたかって?食われた。俺を除き皆食われた。たまたま俺は化け物の味に合わなかったのか、臭かったのか分からんが吐き出されて生きている。ふざけんな、なんで俺だけ不味いって吐き出されるんだ!
しかし、20年も経てば慣れてしまうもので俺はこの化け物を「奴ら」と呼ぶようになった。そして俺はこの街から出て行った。
だが、奴らも俺と同じように街から出たのだ。食料、つまりは人を求めてだ。そして奴らは伝染病のようにあっという間に世界中に広まった。奴らは人を食って、食って、食いまくった。今や人間よりも奴らの数の方が多いのでは無いかと俺は思う。
それから2年間、俺は気ままな旅をしている。ああ、昔は良かったなと少し懐かしみながら街をぶらつく。しばらく歩き回っていればふと目に入る物がある。それは教会だった。

「あ」
ふと思い出すのは友人が俺に告げた言葉だ。俺の親友は少し変わっていて神を信じていなかった。曰く『祈っても何も変わらない』だそうだ。当時神父が聞いたら卒倒するような言葉に俺はため息を吐いていた。しかし、今思うにその友人の言葉は正しかった。俺は教会に入る。安全地帯のないこの時代に建物はありがたい。俺は奴らが居ないことを確認すると、タバコを咥える。そして、煙を吐く。まぁ、火はついていないので吐くふりだが。その時俺の腹がなった。食料は既にそこがつき、ここ数日何も食べてない。奴らは人しか食べないが、人々が逃げたり暴れたりすることによってほとんどの食べ物が台無しになったのである。教会に行けば何かあるかと思ったが、所々に屍が倒れているだけで目星いものは無い。そのとき、俺は血の匂いを感じた。まだ新しい血の匂いだ。なぜ分かるかって?ここ20年間、ずっと血の匂いばかり嗅いできたからだ。奴らは神出鬼没で俺が旅するところは既に奴らが食い荒らした跡ばかりだったのだ。

「新鮮な血……生きている人間がいるのか?」
俺は気配を消し、血の匂いを辿る。どうやら大通りの方にいるらしい。俺が大通りに出るとそこには腰が抜けて立てない老人と、その前でへたり込む少女が居た。

「化け物め!」
老人はそう叫ぶ。しかし、老人は肩を負傷しているらしい。血がボタボタと肩から流れている。一方、少女は震えており動けそうにないようだ。そして俺は化け物を目撃した。それは人の形をした3メートルはあろう巨体だった。そして大きな斧を持っていた。恐らくこの老人たちはこいつから逃げていたのだろう。しかし、老人が逃げた先は行き止まりだったようで、追い詰められたようだ。
俺は勝てない相手に喧嘩を売るようなバカではない。俺はそいつに気付かれないうちにすぐさまその場を去ろうとしたが、少女の言葉に舌打ちをする。少女はこう言ったのだ。

「私が身代わりになるから、怪物さん。おじいさんを助けて」

奴らの食い意地は凄まじく、胃袋は底なしだ。それこそ22年間旅してきた街のどこにも生きた人間はほとんどいなかったくらいだ。1000万人の大都市でさえ食い尽くしたのだから。だからきっとこいつは老人も少女も食べてしまうに違いない。にも関わらず、少女は真剣な眼差しで化け物に助けを求めたのだ。俺はまた舌打ちした。幸い俺のバッグには傷薬が残っている。老人を助けることは可能であろう。あとは……。

「おい、デカブツ!!」
俺は叫ぶ。化け物は俺を見た。
その血走った目に俺は悲鳴をあげそうになるが、直ぐにナイフを構えた。

「俺と闘え!」
化け物は斧を構える。
少女と老人は驚いていたが俺は続ける。

「安心しろ、二人とも俺が助け出してやる!」
俺はナイフをそいつ目掛けて投げつける。そのナイフはそいつの目玉に突き刺さった。あまりの痛みに大声を上げた。鼓膜が破れるほどのけたたましい声だ。近くにあったビルはその音に崩れた……ってまじかよ!?そう俺は驚きながらも少女を見る。少女はその声やそいつが苦しむ姿を見て驚きのあまり悲鳴をあげた。俺はそいつがもがき苦しんでいる間にバッグから傷薬を取りだし老人に投げつける。

「それを飲めば動けるようになる」
そして、俺はまだ怯えている少女に目を向ける。確かにこの姿を見たら普通は怯えるだろう。だが、今は怯えている場合じゃない。早く逃げないと食われるんだ。
俺は叫んだ。

「おい、お前!爺さんを連れて逃げろ!」
少女はこくこくと何度も頷く。そして、老人と一緒に急いで逃げ始めた。そいつは直ぐに刺さったナイフを目玉から抜き、俺に斧を振り下ろした。俺は斧を避ける。斧が当たった場所には小さなクレーターができていた。俺は怯みそうになるが心の中で強く強く叫んだ。

俺が勝てないのは初めからわかってることだろ。
少しでもいい、少しでも長く時間稼ぎをしなければ!!

俺はカバンから包丁を取り出し、そいつの体に突き刺した。しかし、あまり効いている様子はなかった。俺はそいつに殴り飛ばされ、壁を突き破り民家に倒れ込む。

「がはっ!」
口から血が出る。
どうやら内臓がやられたらしい。
俺はなんとか立ち上がり、包丁を構える。

「クソッ」
俺の意識は朦朧としている。
正直いってこの場で命乞いをするか、逃げ出したいくらいだ。
だが、俺はあの少女の言葉を思い出す。20年間。奴らが現れてから20年間。俺は家族を見捨てた人間や、他人を蹴落としてまで生き残ろうとした人間、国を捨てた国王や兵士たちを見てきた。だが、その逆に誰かを救おうとした人は誰一人としていなかった。あの少女だけなのだ。あの少女だけが、誰かを救おうとした。その理由は単に家族だからかもしれないし、その老人に恩を感じていていたのかもしれない。だが、それでもいい俺はその優しさに惚れたのだ。
俺はそいつが少女の元に行こうとするのを小石を投げて止めた。

「はぁはぁ、俺が相手だ」
俺はもう一度包丁を構えてそいつに突っ込む。
しかし、そいつは斧を振り下ろした。

「ぐはっ!」
斧が肩を斬り裂いた。俺の服が赤く染まる。肩を抑えながら俺は地面に転がった。そいつは再び俺を潰そうと斧を俺目掛けて振り下ろす。絶体絶命だった。その時だった。俺の体は勝手に動き始めたのだ。それはまるで誰かが操っているかのようで、俺の手は自動的に動いたのだった。俺は振り落とされる斧を紙一重で避けた。そして、そいつの心臓目掛けて包丁を振り下ろしたのだ。

「うぉぉぉ!!」
包丁は見事にそいつの胸に突き刺さり、そいつは断末魔をあげながら倒れていった。そして俺も意識を失った。
あぁ、せめて少女が無事な姿だけでも見たかった。

「あぁ、死んじゃった」
「死んだら食べられませんね」
一人の女と一人の男が肩を負傷して倒れている男をまるで小石を見るかのような目つきで見下ろした。そして、そのまま少女は……
グシャッ

【完】