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2/1/2023, 4:59:36 PM

小学校時代、立ち漕ぎのできる奴は英雄だった。

立ったままブランコを大きく漕げれば漕げる程、周りから羨望の眼差しを集めた。

「怖くないの」
「ぜぇんぜん」

鼻を高くして英雄は自分の武勇伝を語る。練習なんかしなくても元々立ち漕ぎができたんだ。コツがいるんだよ。
それを聞いた仲間たちはわぁすごい、かっこいいねと色めき立つ。褒め称えられすっかり良い気分になった彼は声高らかにこう宣言した。

「俺くらいだと、立ち漕ぎしてその上からジャンプも出来る」

自信満々の英雄の一言に仲間たちは餌を見つけた鯉のようにわっと群がり食い付く。そして、案の定誰かが「やってみせて」と言った。それを聞いて堰を切ったように他の仲間も「見たい」「見せて」と次々声を上げる。

「仕方ないな、特別だからな」

そう語る英雄の膝が、微かに震えていたのを私は見逃さなかった。その理由も私にはわかっていた。

彼は最近従兄弟のお兄さんに立ち漕ぎのやり方を教わったばかりで、元々立ち漕ぎができたというのはまるきり嘘っぱちであることを知っていたのだ。夏休み中の公園で怖い怖いと言いながら、2人で練習している姿を見たことがあったから。


やめておけば、とは言えなかった。
彼の勇姿を見たくてたまらない仲間たちの手前、ここで変に口出しして雰囲気を壊したくなかったし、きっと英雄の面目も丸つぶれだろうと思ったから、口を噤んだ。

英雄の乗ったブランコが大きくしなるように揺れる。
「早く飛べ!」

彼の額には暑さのせいなのか、焦りのせいなのか、じっとり汗が浮かんでいた。
「早く飛べ!!」

周りのボルテージは最高潮だった。まるで闘技場で戦う剣闘士を煽る観客のように叫ぶ。
「飛べ!!!」



結果から話すと、英雄は飛んだ。
しかしそれは周りが望むような華麗なものではなく、ほぼ落下事故に近かった。
硬い地面に叩きつけられ、足を思わぬ方向に捻ったのかうずくまってうめき声を上げている。
ただ事ではない、と駆け寄ろうとしたがやはりそれも周りの言葉によって遮られた。

「できないんじゃん。嘘つき」

「自業自得だよ。偉そうにしといて」

「嘘つきとはもう遊ばない」

彼らは2、3言、地に落ちた英雄に向かってそう吐き捨てた。散々煽っておいて、自分たちの罪の意識を英雄の嘘に全て擦り付けた。


彼らが去っていった後、私は駆け寄って肩を貸そうとしたが英雄はこちらを睨みつけた。
「ほっといてくれ」
その剣幕に押され、私はいたたまれなくなってその場から逃げ去った。





夏休み明け、彼はギプスを填めて登校してきた。聞くところによるとあれが原因で相当靭帯を痛めてしまったらしい。片足を重そうに気遣いながら歩く彼の背に、もう英雄の面影は無かった。