放課後、何をするか?
当然帰宅だ
なぜなら僕達は帰宅部だからだ
家に帰ってから、友達と遊ぶ
それこそが僕達の青春だ
部活に打ち込む青春に憧れる人も多いだろう
青春といえば仲間とともになにかをやり遂げる
そんなイメージの人はかなりの数いるはずだ
そして遊ぶだけの放課後がもったいない
青春を無駄にしていると考える人もいるかもしれない
しかし僕は青春というのは、
友達と過ごす時間を思い切り楽しむことだと、
そう思っている
必死になってなにかに打ち込まなくとも、
なにかをやり遂げようとみんなで頑張らなくても、
自分たちが心の底から楽しく過ごし、
いい思い出になればそれは間違いなく、
青春を満喫したことになるのだと思う
帰宅部には帰宅部の青春があるのだ
学校へ行き、友達とくだらない話をし、
勉強して、帰宅して、友達と遊ぶ
それが僕達の輝く青春だ
カーテンを貫いて光が差す
その控えめだが存在感ある明るさが、
朝が来たのだと告げる
カーテンと部屋を覆うように光が照らす
カーテンに遮られてなお強い輝きで、
昼間であると知らせる
カーテンが朱い光に染まる
仄暗さの中の確かなその色は、
夕方になったことを教えてくれる
カーテンには外からの光はもう通らない
光と音の止んだ暗い静寂
それは、夜が訪れたのだと語りかけてくる
時間が進むごとに、
カーテンは光によって様々に表情を変える
たとえカーテンを閉め切った部屋でも、
光はカーテンを通り、時を感じさせる
涙の理由
この一文を読む時、二通りの読みが浮かぶ
そのまま涙の「りゆう」と読むパターン
そして、涙の「わけ」と読むパターン
不思議なことに「涙の」の場合だけ、
理由を「わけ」と読みたくなってしまう
声に出しただけでは普通の言葉なのに、
文章として涙の理由を
涙の「りゆう」ではなく「わけ」と読むだけで、
詩的な雰囲気を持つような気がして、
なんだかお洒落に思えて面白い
ココロオドルをBGMにして、
パソコンでカタカタしてたんです
さっきまでは
聴いていればエンジョイしながら、
テンション上げて楽しく作業できると思ってました
ココロオドらせて作業も捗ると思ったんです
でもココロオドりすぎて、
なんかもう楽しくなりすぎちゃって、
作業に集中なんてでしやしない
で、その結果、テンションMAXで歌って、
作業そっちのけで何回もアンコールして歌って、
疲れ果てて現在に至るわけです
もう聴くとハイになっちゃうので、
作業用BGMなんかにはせず、
ココロオドルを聴く時は曲にただ浸ろうと思います
ペンを走らせ絵を描いていく
完成まではまだまだかかりそうだ
長く描き続けていたので、さすがに疲れてしまった
少し休もう
しかし、どうにも落ち着かない
疲れているわりに、何かをしていたい
結局、気分転換に違う絵を描くことにした
絵を描いた後の束の間の休息
それを別の絵を描くという行為で取る
本末転倒なようで、それがそうでもない
その絵を描くことに疲れていたので、
別の絵を描けば、その楽しさで心は癒やされるのだ
これでもう一度、さっきの絵と向き合えるようになる