あの人は嘘つきだ。
言葉はいらないなんて、一人でいたいなんて、思ってもないくせに。
ただ一言、「そばにいて」と言ってくれたなら、私はあなたを手放したりしないのに。
なんでいつもこうなんだろう。
この世界は、私には出来ないことで溢れていて、いつも置いてけぼりだ。
生きるのもつらいけど、死ぬのも怖い。だから私は今日も中途半端に時を刻む。
心の底から煮えくり返るような感情と、拭っても拭っても溢れ出てくる涙。それらを抑え込むように、ベッドの上で布団を被る。
明日はようやっとの休日だが、どうせまた食っちゃ寝を繰り返す怠惰な日になるだろう。
そう考えれば考えるほど、明日なんて来なければいいのにと思う。
「はあ。。。」
大きく溜息を着いた途端、布一枚では防ぎようのないインターホンの音が部屋中に鳴り響いた。
一度、二度、三度──。
訪問者の存在を表すそれは、八月の蝉の鳴き声のように途切れることなくなり続けた。
アナログ時計は23時12分を示しており、宅急便等配達員で無いことは確かだろう。こんなにインターホンを鳴らす配達員が居たら困ったものだが。
一先ずこの耳障りな音を止めようと玄関に向かった私は、目元が赤いことも、髪の毛がボサボサなことも忘れて、開け慣れたドアを開けた。
「あ、やっと出てきた!寝てたの?うわ、髪ボサボサじゃんかー」
「……な、んで…」
そこに立っていたのは、近隣住民でも、アパートのオーナーでも、もちろん配達員でもなかった。
「アイス溶けちゃうから、早く一緒に食べよ!!」
そう言ってあたかも自分が家主かのようにズカズカと部屋に入っていった女は、私の親友だった。
とは言え会うのは大学卒業以来だし、連絡も一ヶ月前から途絶えていたはずだ。
そんな彼女がどうしてここに。確かに引っ越し先の住所は教えたが、なぜ今。
ふつふつと沸いてくる疑問の答えを探しながらも、彼女を追うように部屋に入った。
「相変わらず部屋は綺麗だね。私の家も掃除してくれない?」
「…やだよ」
あっという間にテーブルの上にお菓子やら飲み物やらを広げたかと思えば、綺麗に整頓してある本棚に手を伸ばす。
こういう所は変わってないな、とつい口角が上がる感覚にハッとして、私は彼女の買ってきたアイスを一口頬張った。
「…で、何しに来たの?」
「住所教えてもらったけど行ったことないなぁと思って、来ちゃった」
「来ちゃった、じゃねぇよ」
ノスタルジックな感情に浸ってしまったからか、社会人になってからは封印していた乱暴な言葉遣いが出てしまった。
言い方はきついが、そんなに怒っている訳では無い。むしろ照れ隠しのようなものだ。
それをこの女は分かっているのだろう、スプーンを握ったままにたりと嬉しそうな笑みを浮かべている。
「それにあんたまた一人で考え込んでんでしょ〜。だから私が癒してあげようと思って!!」
ああ、そうだ、こういうところ。
何も考えてなさそうに見えて、ちゃんと人のことを見てる。そして自分がどうするべきか、何を言おうか、ちゃんと意志を持っている。
彼女が羨ましかった。ずっと、中学で出会った時から。
友達が多くて、長く付き合ってる恋人もいて、家族とも仲がいい。容姿が良く朗らかな為、年上にも年下にも好まれやすい。
私とはかけ離れた存在。そんな彼女が私を慕ってくれる理由は何なんだろうか。
幾度となく考えた問いだが、答えが出たことは無い。
今もこうやって私をたらしこんでいるのだから、性悪だ。
「あっそ……」
「あ、ねぇ後でトランプしよ!UNOもあるよ!」
「修学旅行かよ」
太陽のような眩しい存在。
いつも私を照らしてくれる。
「やるからには負けない」
そう言って笑った私の目に、もう涙の影は無かった。