10/24/2021, 1:29:56 PM
「行かないで……」
彼女は消え入りそうな声でそう言った。
初めて見る彼女の表情に戸惑いを隠すことができない。
今の今まで、常に笑顔を絶やすことのなかった彼女の泣き顔を見る機会は一度としてなかった。
「……ごめん」
力なく袖を摘む彼女にそう伝えることしかできなかった。
誰かがやらなければならなかった。
それができるのは今は自分しかいないのだ。
彼女の震える抱き寄せる。
彼女と二人で逃げることができればどれほど良かっただろう。
でも、それは赦されなかった。
これまでの犠牲が、彼らの亡霊が、俺を奴の元へと駆り立てる。
奴の元へ行けば、ただでは済まないだろう。勝機があるのかさえも怪しい。
それでも戦わなければならなかった。
逃げることで延命できたとしても、奴を野放しにしておけばその先の未来がない。
仲間たちが命を賭して生み出したこの機会を逃すわけにはいかなかった。
「どうして……」
泣きじゃくる彼女の頭をそっと撫でる。
納得してもらうまでは無理でも、せめて彼女が泣き止むまで足を止めることくらいは赦されるだろう。