勿忘草(わすれなぐさ)
2年も前に別れて、さよならしたのに。
今でも電車の中で、コートと短めの髪と眼鏡で、似た背中のシルエットの人を見ると目で追ってしまう。
住む街も生活サイクルも全然違う筈なのに、ばかみたいだね。
だから、拙い抵抗だけど。
もしも。
もしも、あなたと本当に再会することがあった時は、笑って会釈して、そっと逃げるんだ。
そう、決めてる。
どうして
言葉が出てこない夜がある。
打ち込んでは消し、消しては打ち。
とても長い長いスペースの余白。
そんな時に想い浮かぶのは、いつも君。
…どうして。
幸せとは
「とうとう、この時が来た」
「踏み出す、最高のタイミングを得た」
「私は、前後左右上下を選ぶことができる」
「眼前に遮るものは何ひとつない」
大きく腕を広げる。
私は「前」を選んだ。
とてつもない重力と切り裂く風とともに、私は落下した。
心の旅路
『心の旅路』…なぜか違和感を覚える。
旅路にはそもそも、心(感情)はつきもの。
その旅路の前に「心の」と付け加えることで、感情の旅路、という風な解釈もできるけれど…感情はそもそも、山あり谷ありのものでは。
はっきりとした二重表現では無いけれど、同じような意味合いの言葉を二つ並べているように感じる。
だけれど、表現したい雰囲気はなんとなく分かる。
『心の変遷』と言ってもらえると分かりやすい。
…そんなことを考える私はひねくれものだな。
時を結ぶリボン
母は忙しい人だった。
私が物心着く頃には父が亡くなっていたので、女手ひとつで育てなければという責任を、一身に背負っている人だった。
当時は女性ができる仕事、また子育てをしながらできる仕事は限られており、母は自宅で文字起こしの仕事をしていた。
私の記憶にある母はいつも、簡易なデスクに向かいラジカセにイヤホンを挿して、ワープロと格闘する姿だった。
私は、諦観と他人の家を羨む感情と共に育った記憶がある。
35年の時を経て、母は病に臥せており、長期入院をしていた。
私は仕方なく、実家の片付けをしに帰ってきた。
なぜかこの世代の人は、新聞紙や広告を捨てられず溜めており、私は絶望の山を眺めてため息を吐いた。
母は几帳面に、一定の束にしてまとめて置いていた。
その中には、自身がワープロで打ち込んだ多量の黄ばんだA4用紙も混ざっていた。
"⚪︎月⚪︎日 雨 娘が傘を持ってきてくれなかったと不貞腐れていた…"
私は、どきっとしてA4用紙の山を掘り起こす。
母の日記だった。内容は全て私のこと。
その場で1時間以上も読みふけった。
ふと我にかえり、押し入れの奥に大切にしまわれている古びたワープロを見つけた。そして、その横には綺麗な化粧箱の中に大切に詰められた幾つかのカセットリボンがあった。
今となっては、私も二人の子どもの母親である。
私は、カセットリボンをなぞり、当時の母と邂逅していた。