岐路というものをあんまり感じたことは無い、この言葉だけを聞くと、苦労知らずなのかと思われるがそうでも無い。むしろ普通の人なら死んでしまってもおかしくないくらいの事は経験している。
私自身が変わったことはいくつかある。
愛したい大事な人が出来たこと、感情を無くすのは心を包む最も必要な鎧、感情を無くさなくても良くなったこと。どんな暗闇でも照らすような強い言葉を探し続けていること。
それくらいだ。これからきっと大きな決断が迫られることもあると思うその時は、自分が壊れない程度に頑張る。まあもう多分どこかしら壊れている。
私の好きな言葉、目の前の別れ道の選択に悩みこそすれどそれを不正解と言ってしまう選択こそ最も不正解なのだ。
岐路というものを感じた時またここに綴ろうと思う。
『おはよう、大好きだよ』
『おはよう、ありがとう』
『何食べる?』
『ん〜なににしようか。そうだ君の好きなものにしようか』
『飲み物はこれでいい?』
『いいよありがとう』
『ねぇ、大好きって言葉とかいっぱい言うと価値が薄れる気がするって言うけど、今日死んじゃったらどうするの?』
『え〜無いよそんなこと』
『私なら後悔しちゃう。言えなかったこと伝えたいことを伝えられなかったことを。だから私、毎日欠かさずに伝えるって決めてるんだ!』
『そっか』
『そうだよ〜』
『やっぱり美味しいね』
『美味しいね』
『今日は何して過ごそう』
『ん〜今日は家でゆっくりしよ!』
『この前のさ続き見ようか』
『うん!』
『世界が終わっても君と過ごした時間はどんな暗闇でも照らすような日々だったよ』
『私も君と過ごしてきた日々は彩られて輝いていた』
『愛してる』
『愛してる』
『このシーン好きだな。あと泣けちゃう。』
『そうだね泣いちゃうね』
『ありがとう』
『もうだいぶ暗くなってきたね』
『そうだね』
『ねぇ、大好き』
『大好きだよ』
『今日はもう寝ようか』
『そうだね』
『またね、また明日も話そう』
『うん。またね、また明日も話そう』
『おやすみ愛してる。』
『おやすみ愛してる。』
そんないつもと変わらない言葉を交わした世界の終わりに君と。
おはよう、また会えた。