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10/3/2023, 12:42:55 PM

今、私はその生涯に幕を閉じる。

思い返せばどうだったであろうか。
幼少期、瑞々しかった青年期…
あの人と出会ったあの日。
とても遠い過去に感じるのは、私が生きすぎたという
証拠であろうか。
子や孫に囲まれ、たいそう賑やかな日々を過ごした。

あの人に先立たれ、私は全てを失ったような気持ちに襲われた。

あの人は、ある日突然倒れた。
発見が遅かったら、そのまま死んでいただろうと医者は言っていた。
何とか回復はしたものの、入退院を繰り返す日々。
辛そうな顔を見るのは、心が痛んだ。私がこの人の代わりになれたらと、何度思ったことだろう。
あの人の前では笑顔でいようと心掛けていた。

しかし、病というものは残酷だった。

遂に余命を言い渡されたのである。
それからは1日1日を大切にしようと、毎日見舞いに行った。

いつものように病室に顔をだすと、担当医と看護師があの人を囲んでいた。

「大変残念ですが、ご臨終です」

静かに医者が放った。

悲しみにくれる暇もなく、葬儀が執り行われた。
現実に引き戻され、家には私とあの人の遺骨だけ。
長らく共に暮らしてきた我が家はこんなにも広く、物悲しく思えたのはこの時が初めてだった。

それから数年、私も病を患い今こうして最期の時を迎えようとしている。
子や孫が悲しそうな目をして何かを言っているが、その声も遠くなって来た。
聞き取ろうとするが、どうにも眠気に抗えないのである。
きっとこれが「死ぬ」ということなのだろう。

待っててくださいね。
私もじきにそちらへ行きますから。

最期の息を吸い込み、私は息を引き取った。

気がつくと私は草原に立っていた。
風邪が心地よい場所だった。

遠くから声が聞こえる。懐かしい声だ。
声がするほうへ振り返ると、あの人の姿が見えた。

やっと会えた。
ずっとお会いしたかった。またあの頃のように他愛のない日々を過ごしたかった。

あの人への気持ちが堰を切ったように溢れ出した。
涙を拭い、あの人の手を取る。
あの頃と変わらないままの、温かい手だった。

せっかくこうしてまた巡り会えたのだ。
この人と2人で、色々回ることにしよう。
手始めに思い出の地など回ってみようじゃないか。

また会えてよかった。私の大切な人よ。