「君を照らす月」
街頭の灯り、深夜まで働く人の灯り、密集した住宅の中の灯り、駅の灯り、車の灯り。
東京の夜は明るい。
闇夜を照らす月の光は、東京の夜空の下では微光にも満たない。
それでも月は君にも闇夜の中に光を届けている。決して背中を見せることなく、正面だけ向いて。
「木漏れ日の跡」
[木々が生茂る]
毎日朝から満員電車に揺られ、鳴り止まない電話、終わらない書類、ストレスのかかる対応、上司からの叱責。
[森の中に一筋の光が差し込む]
何かあったら何でも聞いて!何でも頼って!と隣で言ってくれる1つ上の1番頼りになる先輩。
[跡が遺る]
この跡はこの先の未来にも遺していく必要がある。
「ささやかな約束」
人は現在〈イマ〉を生きる。
当たり前のように今日を過ごし今日を終える。
誰もが明日の保証はない。
それでも人は明日という未来がくることを願ってささやかな約束をする。
「またね」と。
「祈りの果て」
なにかを強く望むとき人は祈る。それは宗教的なものだけではなく、何かに縋る人もいるだろう。
学生時代、あちこちで集中する静まった空間が生まれる定期考査の時間に私は祈ったことがある。
決して「この問題の答えを教えてほしい」だとか、「目標の点数がとりたい」っといったものではない。
私が祈ったのは「お腹の鳴る音を止めてくれ」というちんけな祈りだ。
だがあの空間ではお腹の鳴る音でさえ大きな音だと感じてしまうような、集中で張り詰めた空気なのだ。
「どうか、神様がいるのならこのくらいの祈りに答えてくれ!答えてくれたのなら神様を信じよう!」
そう心の中で叫んだが、お腹は鳴り止まなかった。
昨日、今日、明日。時間は残酷なもので、日々止まらずに進み続けている。昨日までの自分は今日の自分の土台になっている。つまり今日の自分は明日以降の自分の土台になるのだ。
考え事をふとした瞬間にする。その内容は具体的なものではない。だが日々の日常の中で感じたことを反芻しているかのような感覚だ。
考え事をする時には不明瞭な目標(ゴール)がある。その答えに向かって行くにはどうしたらいいのかを考えている。それはまるで迷路だ。
進む方向は幾重にも広がっておりその選択肢はほぼ無限に等しい。だが進んでは行き止まり、進んでは行き止まりを繰り返して答えを見つけださなければならない。
未だ迷路攻略をあぐねている。