#28『一筋の光』
澄み渡った空の下、心地よい風が青々とした草原に吹く。彼の動きには一切の無駄が無い。剣は川の如く宙を流れ、そのまま一気に皮を切り肉を割き、勢いよく飛ぶそれは地面を赤黒く染める。
互いに命のためといっても酷いに違いないはずのこの光景に、なぜ心奪われているのだろう。なんて美しい後ろ姿なのかしら。何があろうとも彼は絶対に守ってくれる。私は無力だけど、ただ1人、安全な場所から見守っていればいい。
いつも導いてくれるその手で何人殺した?本当はどこへ連れて行くつもりなの?
__なんて、気にならない。戻ってきた彼は私の身を案じて声をかける。怪我なんてするわけないのに。
父上を裏切ることになっても、母上を悲しませようとも、彼がいればそれでいい。いつか、もっと遠く、私の知らないところまで連れていって…………
馬の歩くリズムが心地よくて、いつの間にか彼の腕の中で眠ってしまっていたみたい。
次に目を覚ますと日は既に沈んでいて、1本だけ傾いだ街頭が怪しく明滅していた。
#27『眠りにつく前に』
あったかいお茶を飲んでほんの少しだけ読書をすればふかふかの毛布を被ってあとはもう寝るだけなのに、どうしてこういうタイミングで色々考えちゃうんだろう。宇宙のこととか、明日のテストのこととか、彼のこととか。
頭が追いつかないほど広すぎる真っ暗な空間。やっと光が届き始めてどんどん進んだその先に私達の青い星がある。そこで生まれた文明は長い時をかけて発展し、生命維持に必要ない文化も生まれた。でもこれこそ人間が人間らしく生きていく助けになるはずだから。創作活動は自己を高め相手も刺激しいい影響を与えていく。
そんな恩恵を預かって、今日2人で流行りの曲を聴いた。奇跡的に巡り会えた彼とバスの中、片方ずつの有線で繋がる。無線よりもやっぱこっちだよ。思い出してニヤけちゃうけどそろそろ寝なくっちゃね。おやすみなさーい。
#26『永遠に』
……だから時間ってのは相対的で、空間でさえ伸び縮みする。うん、これが相対性理論ね。ああ、で、運動量保存の法則だ。……あー動くモノは質量が増えるてこと?難しいなー。つまり、エネルギーは質量に姿を変えるってわけだ。
本当に面白い。すごいね、こんなに色々知ってて。俺よかアインシュタインだろ、スゲーのは。
どっちもだよ。目には見えない現象なのに、こうも認識する世界が変わっちゃうんだから。
「急にE=mc²ついて聞くなんてどうした。お前もこっち側の仲間入りか?」
「私はもともと文理問わず勉強は好きだよ。でもとことん極めてる人にはかなわないんだもの」
でね、ロジックを超えたこの式のお話がしたかったの。あのね、誰かに興味を持って惹かれていくみたいに、宇宙的な力は愛なんだって。愛ィ゙?心底引いたような顔しないの。まあ、力=愛って変な感じだけど。
世界を癒すエネルギーは光速の2乗で増える愛によって得られて、愛には限度がないから愛こそが存在する最大の力だ、ってアインシュタインが。
嘘だな。即答じゃん、フィクションとノンフィクションの織り交ぜだからそうだろうけど。
でもでも、そういうふうに捉えるのもまた素敵じゃない?……そうかもな。
目に見えるものって安心するけど、見えないもののほうが普遍的だったりする。私達の命は有限だしこの関係がいつまでも続くとは言い切れないけど、1秒でも長く彼と一緒にいたい。
#25『理想郷』
夏に古典の先生が話してたっけ、桃源郷。川を上ったその先に、美しい景色に桃の香りが漂い、争いのない平和な世界が待っていたら、どれだけ素敵だろう。
現代といえば、目まぐるしい社会の変化に抗いようのない自然の猛威。個人の日常1つとっても、中毒みたいにスマホが手放せず、膨大な情報を脳が受け取り続けている。
忙しいって心が亡くなるってことなんでしょ?そんな日々、少しぐらい抜け出してもいいんじゃないかな。ゆっくり本読んだり、ぼーっとしたり、何にもしないのって究極の贅沢だから。
待ってるだけで望んだ世界が現れるわけがない。自分から何かしなくっちゃ。だから皆のために動く前に、まずは自分から救わなきゃね。
#24『懐かしく思うこと』
たまたま読んだパッセージがmonarch butterflyとかいう蝶々についてで、オオカバマダラっていうみたい。ゲームをする彼の隣で呟きながら宿題を進めていれば、あーあれか、と彼が話し出す。
気温の変化によって春には北へ、冬には南へ4000kmを超える距離を世代交代して渡っていく。向けられたスマホに映る画像を見れば、なんだか見覚えがあるけれど、日本では似たような模様の蝶がいるだけで、これではないみたい。
ふーん。いつもは私が勉強とか教える立場なのに。……そういえば彼は昆虫に興味があるんだった。カマキリとか素手でいってたわ。今はどうわからないけど、確かに出会ったときは昆虫博士って感じでさ(どっちかというと爬虫類のほうが好きそうな見た目なのに。ほら、ヘビとか)。なんで忘れてたんだろう。
昔よりずっと背が高くて更にカッコよくなって、でも大きな変化はそれくらいだと思ってたのに。私達知らないうちにだいぶ成長してたのかもしれないね。久しぶりに小さい頃の彼を垣間見えた気がしてなんだか嬉しかった。