朝、紅茶を一杯飲むことは特に意味がないらしい。
栄養もカロリーもほとんどなく、カフェインを摂って目を覚まさせるならむしろコーヒーがいい。
「朝から好きなもんくらい飲ませろよ」
やかんで湯を沸かしながら、私は先日受けた産業医との面談を思い出していた。健康診断でどこか特別悪かったわけではない。ただ、ストレスチェックで引っかかっただけだ。
会社に促されるまま受けた面談は、産業医からの説法で終わった。やれ毎日ゆで卵食べろとか、筋トレして顔シュッとさせろとか。その中に紅茶は意味ないと言われたのだ。いかんせん途中から頭にきていたから、ほとんど話の内容を覚えてないんだけど。
ピューッと音を立てるやかんに気がついて、慌てて火を止めた。コンロからやかんを下ろし、ティーバッグの入ったマグカップに湯を注いだ。熱湯に触れた茶葉からいい香りが立ち込める。私は香りを嗅ぐように大きく深呼吸をした。息を吐ききった頃には、肩の力が抜け、心地良い感覚に浸っていた。
やりたいこと、やらなきゃいけないこと。仕事でもプライベートでも何かと忙しなかった。この忙しなさが年末まで続くのだと知ったのは、社会人になってからだ。気が抜ける時、休まる時は就寝時間を除いてほんの一部だけ。私にとっては紅茶を一杯淹れて飲む時間がそのほんの一部に含まれるのだ。
お湯に浸していたティーバッグを引き上げる。滴り落ちる雫をよく切り、ゴミ箱へと捨てた。紅茶の入ったマグカップをテーブルに持っていけば、今用意したばかりの朝ごはんが並ぶ。テーブルの前に腰を下ろして、目の前のテレビをつけた。朝のワイドショーでは野球の日本シリーズについてコメンテーターが熱弁していた。
テレビから目を逸らさないまま、マグカップを口に近づけた。紅茶の香りが鼻をくすぐる。よく息を吹きかけて口付けた。
「あっぢぃ!」
この後しばらくの間、上唇の火傷がヒリヒリと傷んだ。
『紅茶の香り』
「はい、もしもし」
「移りゆく 人の心 秋の空」
「……変わらぬ花に 恋慕う君」
「おお、君で間違いないね」
「電話のたびに毎回やってるけど一体何?」
「特に意味はないんだけど。おかげさまで作業が捗るよ」
「アイディア料いただいても?」
『愛言葉』
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「移りゆく人の心秋の空 変わらぬ花に恋慕う君」
(人の心って秋の空みたいに移り変わっちゃうものだけど、姿かたちの変わらない花があれば君は恋するんだろか)って意味になればいいのにと願って捻り出したお粗末短歌。
心地良い気怠さの中
微睡む意識でもあなたの気配が動いたのを感じた
息を潜めて瞼を閉じ寝たフリをしていると
あなたは何の挨拶もなしに部屋を出て行った
「行かないで」
そう言ってあなたを引き止められればいいのに
私をその立場に立たせてほしいのに
結局何も進展しないまま友達止まりなんだ
『行かないで』『友達』
"悔しいほど"澄み切った青い空が、どこまでも広がっている。
青い空という誰もがポジティブな意味で思い浮かべる快晴の空に、ネガティブな言葉を枕詞として置く奴、だいたいヲタク説を提唱したいです。
好きな一文ではありますが、改めて考えると……悔しいって、青空と何競ってたんだ?
『どこまでも続く青い空』
先週一気に寒くなったものだから
コートをクリーニングに出して
洋服を入れ替えて
羽毛布団を干して
タイツやヒートテックを買い足したのに
いやまだ昼間暑いんだけど
朝晩もそんなに冷えないし
どうりでコートが売れないわけだ
『衣替え』