「一年ってやべぇよな」
「そうだな」
しっとりと汗ばむ陽気に誘われて、街の中心にある大きな広場までやってきた。何の用事もなくブラブラ歩いて、時折ストリートに面した露店を冷やかしていると、一年ぶりに友人と再会した。
立ち話もなんだからと、噴水前のベンチに腰を下ろした。一年ぶりに顔を合わせたから、近況報告から入った話は大いに盛り上がった。
途中屋台で買ったソーダを手に、友人がぽつりと言葉をこぼした。隣に座る彼を一瞥して、俺も心から同意した。一年ってやべぇんだよ。
「まさかお前が魔王倒して街一つ救っちまうんだから」
「そうだな」
心底驚いたように友人が言った。俺は相槌を打ちながらこの一年を振り返る。
一年前、あまり治安の良くない西の街で、柄の悪い男に絡まれた女の子を助けたところから始まった。お礼を言われて「はい、さようなら」とすればよかった。そこからやけに柄の悪い連中に絡まれ、その度にタコ殴りにしていたら、そいつらのボスに目をつけられた。俺を殺す勢いで刺客が送られてきた。
数の暴力に負けそうな時、助けに入ってくれた奴らがいた。そいつらと組んで戦っているうちに、とうとうボスへ辿り着いてしまった。
魔王とはボスの異名だ。何か魔術で自分を強化しているんではないか、というくらい化け物じみた強さから呼ばれるようになったらしい。脅威の強さを誇り、それを真正面から受けた俺たちは何度死にかけたことか。
まぁ、何とか全員で力を合わせて倒せた。そしたらこいつが西の街を裏で牛耳っていたことが判明した。俺らの意思に反して、西の街を救ったヒーローになってしまった。
たった一年。
それだけの月日で街とは救えるらしい。
俺はソーダを一口含んだ。口の中でパチパチ弾ける炭酸を飲み込むと、さっきまで感じていた刺激はなくなり、ほのかな甘みだけが口の中に残った。
友人は「はぁ」と大きなため息をついて肩を落としていた。そして信じられないことを言い出した。
「俺なんて全然何も変わってないのに」
「俺はさっきお前が丸太担いで歩いてきたことに衝撃受けたけどな」
こんがりと焼けた肌に白い歯。さっぱりとした短髪は日差しで色が抜けたのか、染めたように茶色い。発達した胸筋や丸太を担いでもびくともしなさそうな腕力。ジーパンの上からでもわかる鍛え抜かれた足腰の筋肉。
こいつが一年前まで不健康そうな色白もやし野郎だったって誰が信じるかよ。
今日だって声をかけられた時、最初は気が付かなかった。一言二言交わして、ようやく彼だと気がついたのだ。あまりの変貌ぶりに、俺は白目を剥いた。
今も彼の方を見るたびに、彼の背には直径一メートルはありそうな丸太が鎮座している。とても現実とは思えない。
「本当に一年ってやべぇ年月だな」
「そうだな」
自分の変化には疎いのか、俺の言葉は無視されてしまった。どういった心境の変化があったのか根掘り葉掘り聞きたい。その反面、聞くのが恐ろしくて言い出せないでいた。
やべぇやべぇと連呼する彼に、遠い目をしながら生返事をするしかなかった。
一年ってやべぇな。
『一年後』
初めて「好き」を知ったあの日から、あなたの一挙一動に目が離せなかった。あなたと向き合うと顔の赤みがとれなかった。あなたから話しかけられると舞い上がった。あなたが他の人と笑い合っていると嫉妬で身が焦げそうだった。
こんな感情が自分の中にあったなんて。とてもじゃないけど信じられなくて、ずいぶん振り回されたものだった。
『初恋の日』
この幸せなひとときが終わってしまうと
悲しむ人もいれば
この苦しみから解放されると
喜ぶ人もいるだろう
最期は大切な人と過ごしたいと思う人もいれば
いつも通り日常を送りたいと思う人もいるだろう
世界の終わりを信じる人と
フェイクニュースだと嘲笑う人と
どちらでも構わない人と
終わりを気にしている暇がない人と
盲信した人々を騙そうとする人と
そもそも終わりすら知らない人
人々の思いを簡単に踏みにじり
世界は勝手に終えていった
『明日世界が終わるなら』
毎日が忙しい。
ラインのメッセージに返信して。こまめにSNSをチェックしていいねと付けて。次はどこに出かけようか考えて。好きそうなカフェを調べて。喜びそうなプレゼントを探して。
触れてもらえるように自分磨きをして。万が一家に来たときのために整理整頓をして。美味しいご飯が振る舞えるように料理の腕を磨いて。不安にさせないために堅実に働いて。守れるように身体を鍛えて。
君の笑顔を一秒でもそばで見られるように。
俺は君と出逢ってから毎日が忙しい。
『君と出逢って』
街の騒めきに響く、小さな鈴の音。足を止めて周りを見渡しても、誰も気にしていない。
--チリン チリン チリーン
鈴の音は次第に迫ってくる。
--チリーン チリーン チリンッ
一際大きく鳴った。背後からだ。
誰かいる。
振り返った。
暗転。
『耳を澄ますと』