テーマ『何気ないふり』
何気ないふりをして、歩道でスマホを見る仕草をする
信号のない道路で、車が曲がって来ようとしたから
誰も来ないことを確認して、私はホッとした気持ちで歩き始めた
そこに何かがあるような仕草で、脇道へそっと入る
細い歩道に、ベビーカーが二人連れで向かってきたから
道端を見ると、黄色いスイセンが咲いていた
人を避けてしまうのは癖だけど、道を譲るのは自分のためでもある
誰とも衝突したくない
誰かに道を譲ってもらってまで、我を通すのが怖い
酷く臆病な私だけど
そんな自分を、私はそこまで嫌いじゃないんだよね
テーマ『ハッピーエンド』
続きすぎた幸せは、ただの日常になる
ずっと幸せなんて、あり得ない
幸せは、道端で小石を拾うようなもの
小石を見つけられる目を養えば、きっと
いろんな幸せを断続的に、ちょこちょこ拾えるようになる
それがきっと、『ハッピーライフ』
死ぬときにありがとうって言えれば、きっと『ハッピーエンド』
……なんじゃないかなと、今は思っている
テーマ『見つめられると』
授業中
ふと、視線を送ってみた
ほんの少しだけ、味見するみたいな気持ちで
そう。ほんのちょっとだけの、つもりだったのに
なのにキミが、まっすぐこっちを向いていた
左ななめ後ろの席 窓際の黄色いカーテンが揺れる
目があって、キミがにこってして
視線が逸らせなくなった
全部、キミのせいだ
数学教師に指名されて、課題の答えを言った
終わってまた振り返って
もう一度、視線がぶつかって
今度はニヤッて笑うキミ
……ちゃんと授業聞け、バーカ
テーマ『好きじゃないのに』
「カレーなんて別に、好きじゃない」
と言いつつ
カレー屋さんで、君は美味しそうにビーフカレーを食べていた
「ぬいぐるみなんて、興味ない」
と言いつつ
君の部屋のベッドには、もふもふしたサメとクマとクジラがいる
「君のことなんて別に、好きでもなんでもないんだから!」
そう言いつつも
僕が誘うランチとかゲーセンとか、一緒に来てくれるよね
言葉と行動がちぐはぐな君
そんな君のことが、僕はけっこう好きだ
テーマ『ところにより雨』
目立たないように、打たれないように
息を潜めていたつもりだったのに、つい感情を出してしまった
教師に暴言を吐いた
小声だったのに、敏く聞かれてチクられた
クラスの皆の前で、公開処刑
自由に自分を貫く教師が、嫌いだった
生徒に規律を押し付けるくせに、型にはまらない担任が嫌いだった
今なら、それが羨ましさの裏返しだって分かる
けれどまだ子供だった私は、ただただ悔しくて仕方がなかった
「いつもいい子なんだから、たまには許してくれたっていいじゃない!」
他人だらけの社会で、それが通じない理屈なのは分かってる
けれどどうか、この甘えを許してほしい
私には、いい子の仮面を脱ぎ捨てられる「家」がなかった
ただ、悔しかった
自分らしくいられるあいつらに、私の苦しみなんて分かるわけがない
他人と喧嘩した後でも、教師に叱られたあとでも、
陰でへらへら笑えるあいつらに
崖っぷちで、海に落とされないよう息を殺す私の辛さが、分かってたまるか
これは、自分以外全員に対する「敵意」だ
誰も私を受け入れてくれない、誰も私を救ってくれない
家でも、学校でも
そして私自身ですら、当時の私にとっては敵だった
トイレに駆け込んだ
個室の中で、声を殺して泣いた
足元に、ポタポタと雫が落ちる
他の女子が入ってきた
バレない訳はなくても、泣き声を聞かれたくないと思った
教師に叱られた自分を、私はこれ以上ないほど、心のなかで罵った
言葉というより 全身の感覚として、私の存在を消してしまいたくなる
消えてしまえばいい 他人に否定される私なんか いらない
……本当に、そうだろうか?
たしかに私は、教師に向かって多少粗雑な言葉を言った
それが、羨ましさからくる嫉妬だということも認める
しかし暴言を吐くことも、嫉妬することも。そんなに悪いことだろうか
人間一人を消してまで、贖(あがな)わなければいけない罪だろうか
大人になった私なら。今ならば、言える
『辛かった。あのとき私は、誰にも理解されない闘いをしていた。そして勝ち抜いた。私が生きているから、勝ちだ』
誰にも分かってもらえない葛藤だった
胸の中で嵐を抑え込んで、息が詰まるほどの苦しみを味わった
心の拠り所がなかった
ありのままの感情を、静かに聞いてくれる人を見つけられなかった
私のために時間を使わせたら、申し訳ないと思った
私の中にある葛藤を誰かに打ち明けたら、鬱陶しがられると思った
他人を頼る方法が、分からなかった
学生の私は、誰よりも自分らしさを求めていた
しかし。自己の責任で通せるほどに、自分を信頼できなかった
自分が頼りなくて「どうせ叱られて、心が折れて終わる」と分かっていた
親がいて、生活の世話をしてくれる
教師がいて、勉強の手伝いをしてくれる
子供の頃の私は、自分と向き合う術を知らなかった
大人になった私の中にはまだ、暗闇でうずくまる子供の私がいる
寂しかった 孤独だった 見捨てられた
何度も何度も本心に蓋をして、見ないふりをして生きてきた
今ここで書いて、また一人
少女が独りで抱えていた、錆びついた感情が少し和らいだと思う
あれは失敗の記憶ではなく、孤独な闘いの記憶だったのだ
制服を着た少女を今、腕のなかで優しく抱きしめている