-最終下校時刻を知らせる鐘が鳴る-
窓の外は既に夕日が落ち始めてきている。
(もうこんな時間か…帰る準備をしなくては)
カバンの中に教材を詰め教室を出て階段を下り、静まり返っている下駄箱で靴を履き替える。
いつもこのぐらいの時間まで部活をしている友人と一緒に帰ろうかと考えていると突然背後から肩を掴まれる。
「わッ!?」
驚いて後ろを振り向くとそこには制服を着た友人がいた
「な、なんだ君か…びっくりさせないで、心臓が飛び出るかと思ったよ…」
友人は軽く微笑みながらごめんと謝り、一緒に帰らないかと誘った。承諾して一緒に下駄箱から外に出る。
空は教室の窓から見た時よりも薄暗くなってきていた。校門の方まで歩き、楓並木の道に曲がると大きな夕日が浮かんでいて、オレンジ色の眩い光が辺り一体を包み隣を歩いている友人の顔がよく見えない程眩しかったが、それと同時にとても綺麗だった。
「眩しいが、とても綺麗な黄昏だね」
そう言うと、友人が私に黄昏は昔、光の影響で向こうにいる人が誰か識別するのが難しいから「たそかれ」誰そ彼と呼ばれていた事を教えてくれた。
「まるで今のことのようじゃないか」
友人は少し間を置いて…そうだねと呟いた。友人の顔は光のせいで影になっていて表情が読めない。
そのまま友人と雑談をしながら歩いていると、目の前を紅い楓の葉が舞い落ちた。それをなんとなく目で足元まで追うと、途端に違和感を覚えた。
今、夕日は目の前にある。
夕日の光で影は今後ろ側にあるはず。
木の影は後ろを向いている。
私の影も前には見当たらない。
なら、なぜ友人の影は前にあるのだろう。
ソレに気づいた瞬間もう1つ頭に浮かび上がる。
(友人の顔が、思い出せない…)
決して、ド忘れしたというような事では無い。隣を見ても彼の顔は見えない。
全神経を頭に集めて考えたが、友人の名前も、クラスも、出会い方も思い出せない。まるで存在自体していなかったかのように何も分からない。
背筋が凍り、嫌な汗が頬を伝う。意を決して友人に問いかける。
「君は、誰だ…?」
「友人」と認識していたそのナニかの口元が歪んで弧を描いた。
思わず「…ヒッ…」と叫びかけたがその声は、声になる前に消え失せてしまった。頭の中では警報音が絶え間なく鳴り響き、この場から今すぐ逃げろと訴えている。
引き返そうと全速力で走る。だが、校門の手前の曲がり角で足がもつれ転んでしまう。恐怖で腰が抜け、立てず、焦りからか、呼吸が浅くなる。ナニかがすぐそばまで迫ってきてもうダメだと思ったその時…
「兄さんッ!!!!」
よく知る後輩の声が響いた。その少年はこちらまで走ってきて私のことをナニかから守るような形で抱きしめた。このままではこの子が危ないと思った次の瞬間、ナニかは後輩のカバンに着いている物に反応したかのように呻き声を上げながら消え去った。
「…き、きえ、た?」
「兄さん、!兄さん大丈夫!?ケガはない!?」
あまりの勢いで捲し立てるものだから、気圧されながらも大丈夫だと答えた。心配だというのがありありと伝わってくる表情をしているから緊張がほぐれ、気持ちがとても楽になった。
とりあえずベンチに座って話そうという事になり2人とも立ち上がると、少年のカバンから何かが落ちた。拾うと、それは魔除けのお守りだった。どうにもこのお守りのおかげで九死に一生を得たということらしい。私のためにお守りをダメにしてしまって申し訳ないと言うと、
「兄さんの事を守れたんだ、誇らしいよ」
と、恥ずかしげもなく言うものだからすごい。ちなみにこの「兄さん」というのは可愛い後輩兼友人が、私に親しみを込めて呼ぶあだ名みたいなものだ。
「兄さんは黄昏時は知ってる?」
「あぁ、知っている」
誰そ彼など知ったのは先程だが思い出したくないため口には出さなかった。
「黄昏時は別名逢魔が時とも言って魔物に遭遇しやすい時間帯でもあるんだ。」
だから私は遭遇してしまったのかと納得する反面この後輩は本当に博識だなと感心してしまった。
いつも部活でこの時間に帰っている後輩にこの時間に帰るなら僕と一緒に帰ろうと誘われてしまえば断る選択肢などどこにもない。
「喜んで」
そうして2人は一緒に帰路に着く。