『花と呼ぶ』
創作BLです、お気をつけて!
吉野に会うのは実に、実に……? あー、いつぶりだっけ。大学の卒業式? いや行ってねぇな。行ってたとしても人が多すぎて見つけられなかった、そう思って行かなかった。連絡とか取って示し合わせるとか、なんかそういうことをすりゃあよかったんだろうけど、できないことを考えるのは面倒で、あー、だから、結局いつぶりだ。わからない。少なくとも4年以上前であることはハッキリしている。
「よ、よぉ。久しぶり」
なんか変に吃った。なんだこれ、俺たちってこんなだっけ? 違った気がする、でも思い出せない。それくらい時が経ってたし、連絡も一切取れなかったし、ともすれば当然会ってもいなかった。
特徴的なツリ目をまあるく見開いて、吉野が俺を見てる。それは知ってる顔で、ついでに言えば相変わらずダッセェ格好してるとことか、マジで変わってなくて、安堵みたいな、あこれ戻れんじゃね? みたいな。そのようなことを漠然と思って、思ったから、グッと腕を掴んで引き寄せた。
吉野は拒まない。でもたっぷり30秒は引き寄せられた腕、延いては引き寄せた俺の手を見つめて、後に、「ひ、さしぶり」とつっかえ気味に言った。
「びっくりしたって顔だな。俺、そんな変わった感じするか?」
努めて冷静に聞いた。それは上手く通じたらしい。吉野が「いや」と軽く首を振る。
「むしろ……なんというか、変わってなさすぎて、驚いた」
「それはそれで悔しいな。このピアスとか、結構いいやつなんだけど」
「あ、ああ……そうか。すまない、そういうのには、疎くて」
「そうだろうな。つうか嘘だし。これはただ昨日付けっぱで寝たせいでキャッチを失ったいつ取れても困らない300円のピアスだし」
「は? 何が言いたいんだ?」
「お前もマジで何も変わってねぇんだな」
「……そう見えるか?」
「お、悔しい?」
「……いや。たぶん違うと思う」
たぶんて。相変わらずふわふわとした奴だな。4年前とまるで変わってない全身真っ黒のコーディネートのみならず、中身も特に変わってないらしい。口元はほぼ一文字なものの片眉は若干上がっている、非常にわかりづらい、楽しいとか嬉しいとかを表す吉野の顔に、俺がわずかに感じた悔しさが瞬く間に霧散していく感じがする。
何、お前。俺に会えて嬉しいの? こんななんでもない往来で、ちょっと散歩してますってことがあからさまな上下グレーのスウェット姿の俺で? こんなんでいいのか? こんな、そんなので、よかったのか?
「どうして卒業式来なかったんだ?」
聞くのかそれ。お前が聞いちゃうのかよ。
そのようなことを言いかけて、やめた。代わりに、「行ったのかよ」と呆れ気味に言ってみる。こんな破綻した応答、通常時の社会に迎合している俺ならしない。でもこいつにはこれくらいでちょうどいいのだ。だってほら、証拠にこいつは不愉快も不可解も微塵もない顔をしてる。ずっとそんな調子だったから、お互い属してるコミュニティもバイト先も大体のスケジュールも住んでた場所も知ってたのに、ついぞ連絡先だけは聞けなかった。
じわじわと眉間にシワを寄せて、一見すると不機嫌に見える顔だが、その実はただ考えているだけだ。それもロクでもないこと。でもそういったことを実行できる奴でもないので、大方次に続く言葉はこうだろう。「嘘とか、吐いた方がいいのかな」。
「何、なんかやましいことでもあんの?」
「そういうわけではないんだが……そうだな。俺も行ってないんだ。卒業式」
「あーハイハイ、行ったのね」
「……」
「マジで変わんねぇな、お前。その調子じゃ、同窓会も行ったんだろ」
「そういう君は、来なかった」
「おう。別に会いたい奴は普通に個人で定期的に連絡取ってるからな」
「その中に、どうして俺は含まれていないんだ?」
「……あ?」
吉野の腕を掴みっぱなしだった俺の手の少し上を吉野の手が取った。外される。でも手首が離されることはなく、するりと下がって、手を握られた。は?
「樒。俺は結構、かなり、……とても。大切だったよ」
平坦な声。
でも、それがかなりの勇気を振り絞ってのものだということは、繋がった部分から伝わっていた。伝わる、っていうか、何これ、初期微動? にしては揺れすぎてる。これが初期微動だとしたら主要動はどうなるんだよ。世界そのものが揺れるんじゃねぇのこれ。言ってる場合ではない。初期微動で揺れすぎてんのに、その距離は短いっていうかほぼ無で、つまりこれはほぼ主要動ってことで、あじゃあ安心じゃん……とか、いやだから揺れてる時点で言ってる場合じゃないんだよ。
今、お前、4年経った今、それを言うのかお前。吉野。俺が変わってるとか、具体的には彼女だの彼氏だのいるとかは思わなかったのか。思……ッわなかったんだろうな〜〜〜。思わねぇよな、そうだよな、お前はそういう奴だよな。ああそうだよ、いねぇよボケ。そんなもん、お前以外考えられなかったわ、考えたこともねぇわ馬鹿が。
なんなんだよ。一応、チャンスをやったつもりだったんだけどこっちは。
学生の4年、社会人の4年。どちらが重たいかはその人に寄るところではあるが、年齢不詳通り越してキモいレベルに童顔で人相の悪いお前がよく見ればちゃんと整った可愛い顔をしていて、俺には及ばないまでも背も高いし、その辺の野郎じゃ真面目で付き合いにくいとやっかまれるところを容貌アベレージの高さにより誠実でカッコイイと適切変換されてそれなりにモテていることを知ってた。
ふわふわとしたこいつに引きずられるような形で、お互いたぶんそうなんじゃねぇかなと察しているようなそうでもないような、そんな調子でふわふわとした付き合いにほぼ4年間甘んじていて、それは本当に正しく甘えだったと気が付いたのはお前が知らん女といい感じとかいうクソみてぇな噂が流れ始めたときで、だから俺はその時点で「もう家に来んな」つったし、お前の家にも行かなかっただろ。
別にクソな噂を信じたわけじゃない。それとなく噂に該当する女を指さして「名前知ってるか?」って聞いたら「知らない」って言ってたし。「気になるのか?」って聞いといてちょっと不機嫌になってたし。俺が「いいや、前に道聞かれただけ」つったら「今後は無視しろ」ってさらに怒ってたし。
冷静に考えなくてもこんなクソどうでもいい会話をイチイチ事細かに覚えてる俺マジでキモいな。救いようがない。そのわりに、ふわふわと曖昧な4年間、ただの一度も手すら握れなかった。
それなのに、お前は、そうやって、4年の空白とかそういうの全部すっ飛ばして今、俺の手を握ってやがる。
何、どうしたいの、お前。わからなかった、連絡を取る手段なんてこの4年間いくらでもあった。ときどき会うかつてのサークル仲間に今も吉野と会ってるのかと聞かれて、そもそも連絡先を知らないと答えるのにも飽きてた頃だった。そいつは持ってた。そいつがお前と会ってることも知ってた。でも敢えて露骨に話題を避け続けて、そいつは俺たちが喧嘩別れしたと思ってる。事実近い。
でも吉野、お前、俺が「もう家に来んな」つったとき、お前はさっきみたいな平坦な声で「わかった」って言っただろうが。何、なんだよ。あのときも震えてたのか? 本当は俺の手を握りたかった? そうしなかったのはなんで?
恨みのような、怒りのような、感情が込み上げては喉元で熱く沈むのをしばらくくり返していた。ブチ撒けたいと思うのに沈むのは、きっと全部違うからだ。それくらいわかる。昔からわかっていた。それでもってこれが、正しく後悔とかいうものだと言語化できるくらいには時が経っている。
「しきみ」
吉野が昔とおんなじ調子で俺を呼ぶ。
甘いと思った。抑揚が無さすぎると思っていたはずなのに。だから俺は踏み込めなくて、お前のテリトリーから一歩引いたところで地団駄を踏み続けていたはずだった。
「……なんか、女みてぇ」
「それは……樒が?」
「お前はブレねぇな」
苦し紛れという言葉通りに、苦しさ100パーセントのかたまりを口から吐き出す。
「中年から上くらいの教師に呼ばれるとき、大抵男は『くん』で女子は『さん』だろ。吉野も俺も花の名前で、だから初手は大体『さん』って付けられてた。そういうことを、思い出した」
これ言ったところでどうせわかんねぇんだろうな、という予想は強く手を握られたことによりあっけなく覆された。
目に、びたびたに涙を浮かべた吉野が、それでも俺の目を真っ直ぐ見つめたまんま、「呼んでくれ」って言う。それに、ああこんな簡単なことだったのかよと思って、思ったらたまんない気持ちが今度こそと何もかもブチ撒ける勢いで全身を突き動かしてきた。
全身に吉野を抱え込む。懐かしい匂いと初めてちゃんと知る体温に、さらに込み上げてくるたまらない気持ちをほとんど力任せに手の中の大きな質感を抱き締めて発散してしまおうとする。
「吉野」
「……本当だ」
甘いな。
とつりと小さくこぼされたそれが俺の薄いスウェットを濡らすのがわかった。
「吉野お前、今、何してんの」
カサりとビニール製のエコバッグが俺の背後で擦れる音がした。
「買いもの」
そうじゃねぇよ。いや俺の聞き方が悪いのか? そんなわけなくねぇ? 普通こういう、久しぶりに会った人間が聞きたいのはさ、そういうんじゃねぇのよ。近況とか、今どこに住んでんのとか、4年も経ってんだから少なからず変わってるはずの、そういうことを聞きてぇんだよこっちは。
「夕飯の、買いものをしていた」
いや別に何の買いものかを知りたくて黙ったわけではないんですけど……あまりにも変わってなさすぎるお前への驚愕で黙ってしまっただけなんですがこっちは……などといった俺の御託は、しかし、続く吉野の言葉によりスンとなりを潜めた。
「ふたり分ある」
「……」
「家は、変わっていないよ」
優しく、言い聞かせるような声色だった。なんだそれ。どうやら図られていたのは、こちらの方だったらしい。