【天国と地獄】
俺は、職場の名称を聞かれるのが嫌いだ。相当珍しい上に、聞いた相手のリアクションが容易に想像つくからだ。
それでも、何らかの理由でどうしても答えなければならないときがある。つい先日も、ある届出の手続きで職場について聞かれた。俺は、できるだけ早口でその名称を伝えた。
「あまのくにしやくしょじごくだにししょ」
「は? 今何て… 」
「だから、「あまのくにしやくしょじごくだにししょ」!」
「ええっと〜、それって漢字ではどう…」
ほ〜ら、こうなるから嫌なんだ。今度は紙と鉛筆を用意してほぼ殴り書き状態のものを相手の目の前に突きつける。
天国市役所地獄谷支所
まるで、天国とも地獄ともつかないようなこの名称が我が職場である。実は「天国(あまのくに)」と「地獄谷」はそれぞれ別の地名だったが、大規模な市町村合併の煽りを受けて「天国市地獄谷」という世にも恐ろしい地名が爆誕したのである。
俺が市役所に入ったのは合併前だったから、当初はただの「天国市役所」勤めでよかった。ところが数年前、合併後に新設された「地獄谷支所」への異動が決まった。
で、そこの同僚に「桃野太郎」と「鬼嶋(通称オニガシマ)」というのがいるのだが、それはまた別のお話で。
【あの頃の不安だった私へ】
現在の仕事に就く前、本当にこんな早い時間に起きることができるのか、そして決められた勤務時間にちゃんと仕事できるのか不安になった時期がある。遅刻の常習犯で常に早起きは苦手だった、あの頃の私に伝えたい。
今でも早起きが得意ってわけじゃないし、むしろ昼まで寝ていたい気持ちは学生時代からまったく変わってない。でも、始業時間が日毎に変動しても合わせてるし、勤務時間が長くても終業までやれてる。眠くなったら昼寝しておけば何とかなるもんだよ。まぁ、万一昼寝できない日はちょっと早めに寝るように気をつければよいので。
大丈夫だよ、ちゃんと大人になってるから。
「ちゃんとした大人」ではないけどね😅
【逃れられない呪縛】
「人のことを悪く言ってはいけない」
自分にはそんなことを言う資格はないし、その悪口がそっくり自分に返ってくることだってある。だから、できるだけ周りの人に感謝の敬意を持って、誰かを責めるようなことは言わないようにしてきた。
でも、悪口を「言わない」のではなく「言えない」のならば、それは「呪縛」なのではないか。
世の中、理不尽なことも不条理なことも当たり前に存在する。それに対して、不平不満を抱くのもまた当然のことだ。でも「人のことを悪く言ってはいけない」と教えられてきた身としては、できるだけ相手のことを責めずに済む考え方を探す。物事に複数の視点を持つことは必要なことだが、怒りや悲しみなど抱いてしかるべき感情を「呪縛」によって無理に抑えつけてはいないだろうか。
別に「嫌い」でいい。「許せない」で構わない。時が経ち、嫌いじゃなくなるかもしれないし、許せる気持ちになるかもしれない。だがら、嫌いで許せない気持ちも自分の中で認めることも必要なのかもしれない。
「人のことを悪く言ってはいけない」
たしかにそうだが、人のことを悪く思う気持ちは持つことがある。それは自分の中で許そうよ、と「呪縛」からちょっぴり逃れられた私は思うのだ。
【昨日へのさよなら、明日との出会い】
毎日19時、お題が更新された瞬間から私の苦悩は始まる。来る日も来る日も、まるで宿題に頭を抱える小学生みたいだ。
とにかく、思いついたことをiPhoneのメモアプリに書き連ねていく。創作モノは、いくつかのシチュエーションを用意して書き出しとキーフレーズを決める。そして、その間を埋めるかのように文章を肉付けしていく。
ところが、どうしてもその先を書き進めることができないときがある。ジグソーパズルに例えると、そんなときは「ピースがはまらない」ときだ。一旦、そのままにして別のシチュエーションで書き直してみる。すると、その先から結末まで一気に書くことができたりする。
こうして「ピースがハマった」とき、文章は完成する。見直して見直して、もう1度見直して…とまで念入りには確認しないが、「これでよし!」と思ったところで文章を投稿する。その瞬間、私は前日のお題に別れを告げ、翌日のお題に思いを馳せるのだ。
それにしても今日は、パズルのピースがハマるのが早かったなぁ。それではまた、明日19時に新たなお題でお会いいたしましょう。さようなら。
【透明な水】
「透明な水 イラスト」とネットで調べると、検索画面は濃淡取り混ぜた青色で溢れている。
「じゃあ「透明」っていったい何なんだ?」と、デザイナーの小橋は思った。もともと作品制作のための参考資料として調べていたが、もはや作品はそっちのけで「透明=青?」の件が気になって仕方がない。
「先輩、買い出し行きますけど何かありますか?」
突然、後輩の陰山が声をかけてきた。彼は、周りの誰かが煮詰まっていそうだと見るやいなや、そのフットワークの軽さを活かして買い出しの御用聞きにやってくる。仕事も早いし、気遣いもできる良き後輩だ。
「あ〜、そうだなぁ。透明な水、じゃなくて透明な麦茶頼むわ」
「は? 透明な麦茶って何すか、それ⁈」
「いや、水って透明だけど青く見えるじゃん。麦茶も一見茶色く見えるけど、実は透明なんじゃないかなぁって」
「…わかりました。先輩はそんな意味不明なことを口走るほど疲れていて、麦茶が欲しいってことですよね。行ってきます‼︎」
そう言うと、陰山は外へ駆け出して行った。
たしかに、冷静に考えると「透明な麦茶」はわけがわからない。そもそも、透明な水に麦茶のパックを入れて茶色くなっていくのだから、元を正せば水も麦茶も皆同じじゃないか。
って、この考え方がもう意味不明だよなぁ…小橋の脳内が混沌としてきたころ、陰山が買い出しから戻ってきた。彼の両手には、他のメンバーからも頼まれたであろう、大量の飲食物が入ったコンビニ袋がぶら下がっている。
「はい先輩、ご注文の麦茶と、これ」
そう言って、彼は2本のペットボトルを小橋に差し出した。1本は明らかに麦茶だが、あと1本はミネラルウォーターのように見える。
「なぁ、この透明なの、何?」
「紅茶です、透明な紅茶。たまたま売ってたんで買ってみたんです」
透明な紅茶⁈
小橋は、ますますわけがわからなくなってきた。とりあえず、一口飲んでみる。たしかに、紅茶の味っぽい。今度は、目をつぶって飲んでみる。紅茶と言われれば紅茶の味だが、何か別の飲み物の味に似ているような気がしないでもない。
気を取り直して、麦茶を飲む。
うん、これはもう完璧に麦茶。見た目も味も100%麦茶だ。一口飲んだだけでホッとする、いつもの味にいつもの色だ。
「やっぱ、透明だと落ち着かないなぁ」
と言いながら、小橋はどちらも飲み干した。「さ〜て、やりますか」と大きく伸びをした彼の傍には透明な空のペットボトルが2本キラキラと輝いていた。