NoName

Open App
8/21/2024, 5:57:31 PM

「羽根さえあれば、私も鳥のように空を飛べるのになぁ」
 河川敷の斜面に座ってるA子は、鳩の群が飛んでいく青空を眺めながらそう言った。
 何か感傷に浸った様子で、本人は詩的な言葉を発したつもりであり、表向きには溜息をつきながらも少し得意気な気分であった。そしてすぐ横で寝転んでいるB夫の方をチラリと見て、あからさまに返事を求めた。
 B夫は彼女の視線に気づくとむくりと起き上がり、中指で眼鏡をくいっと持ち上げた。A子はこのB夫の仕草に知的な雰囲気を感じて魅力的に思ったが、それは今回で最後になった。
 B夫は空を飛ぶ数羽の雀を眺めてから、次のように述べた。
「馬鹿かね君は。人間でも羽根が生えれば飛べるとでも思っているのかね? まったく非常識だね。鳥は羽根があるからってだけで飛べる訳では無いのだよ。長い進化の歴史の中で骨をスカスカにして軽量化し、打たれ弱い体と引き換えに飛行能力を得たのだ。君のような重量物では、悪魔の様な羽根が生えたところで、ハエの如く高速で羽ばたかせても飛行などできんのだ。いや、待てよ。昔テレビで鳥人間コンテストというのを観たな。確か自転車の様にペダルを漕いでプロペラを回し、グライダーの様な物で何キロも飛んでいたな。それなら出来ないことは無いか。君、空を飛びたいのなら、鳥人間を目指してみたらどうかね?」
 A子はポカンと口を開けたまま話を聞いていたが、自分の中からバサバサと、何か色々なものが飛び去っていくのを感じた。
 近くの橋にカラスが止まり「あほー」と鳴くのであった。