宝物

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9/19/2024, 3:45:21 AM

たしかに、美しくはあった。

しかし、「人生で一度目」用レンズ越しには、落胆が共に映っている。

眼前に広がる、イルミネーションよりはとっちらかって、星よりは奥ゆかしさの足りない、夜景たち。

広がる新雪を、誰より先に踏みしめたような感覚は、やはりない。

「……綺麗だね」

静かすぎる部屋に、僕の声が響く。

しばらく、薬剤と同様のカラーバリエーションをもった夜景を眺めていると、窓に反射してる風呂の扉を偶然に発見した。

そういえば、入室してすぐ沸かしたんだっけな。

明日も疲れる予定だ。
となると……そろそろ切り出すべきか。
僕は一番風呂にこだわりないし、先を譲るかな。

「ふ、……っ」

耳の中で、新雪の踏音が響いた。
足先から、全身まで、ほとばしる熱気に、戸惑いすら間に合わなかった。

……となりにいる君から、目が離れない。

スパークさえ感じる、君の瞳が、コンクリートロードを突っ走る光の粒を、追いかけ、ビルに装飾された輝きを上から下、舐め上げて……
夢中で夜景を見つめる君から。

鼓動がうるさい。

自分が、たった今夜景に夢中であることさえ、眼中にないような、顔をしている君から。

上がる息のせいで君がぶれる。
ああ、まるで蜘蛛の巣だ。

おもしろいほどに目が、離れないのだから!


「さっきからどうしたの」


君の声が耳に入った。
ゾワゾワする程の熱が耳から広がる。
今僕をミンチにすれば、濃厚で鮮やかな血液が、この部屋全体を真っ赤に染め上げるだろうな、それくらい、心臓の拍動がうるさかった。

「うわっ、なに?なにビクついてんの?」

心臓が跳ね上がって、体も震えているんだよ。

地震が起きたのかと思うくらい、ガクガク視界が震えている。

「スゴイガン見してきた時からおかしいとは思ってたけど……
マジでどうしたの?」

「スゴイガン見してきた時」
ああ……反芻したのが悪かった。
頬と額に血が駆け巡っている、きっと真っ赤なトマトになっちゃっている。

「いつの間に、気づいてたの……?」
「いや、気づくよ……
よくあるドラマの“ヒロイン”と違って、人間の視野は“広いん”です」

故意か偶然か、仕込まれたギャグに少し火照りが冷えた。

オヤジ臭いそれには、いつもゲンナリさせられているが、今回ばかりは助かった。

おかげで「それでどうしたのさ」と問いかけてくる君へ、ちょっとはまともな答えを出せそうだ。

「……明日はやいだろ?
お風呂わいてるから、先どうかなって思って……声かけようと思ったら、夢中で見てたから」

窓を指さす。
君は、チラッと僕の指先を一瞥し、すぐに僕へ視線を戻した。

「アンタは見てないの?夜景」

無心そうな表情で、僕へ聞く。

「っ見たよ、っていうか、見てた?」
「ふーん。じゃ、そのあとは?」

君は、いたずらっぽく微笑んで、窓から一歩後ずさる。

そして、水に浮かぶ魚みたいな、軽やかな仕草で、僕へ近づいた。

おお……位置的に胸に飛び込んできそうだ、受け止めようと腕を上げる。

……結局、受け止めたのはただの空気だった。
君は変な体制で固まっている僕をスカし、背後のベッドがギシッと鳴った。

振り向くと、君は足を揺らして僕を見つめている。

「ココ、来てよかった?」

君は、自分が座ったとなりをトントンと叩いた。

誘われるままに、歩いて向かう。

異常に覚束無い足取りで、ようやく君の隣にたどりついた。
君が、遅い、と目で訴えてくるので、座ろうと体を回す。

……刹那、腕をグイッと引っ張られ、肩がアンバランスに傾く。

「あっ」

体制を崩したところ、ヘソ辺りを手のひらでポンッと押され。

気がつくと、僕は天井を見上げていた。
……引っ張られた方向からして、一連の犯人は、たった今ひょこっと現れた、君だろう。

君の耳にかけられた髪が、ゆらりと落ちてきた。

花弁みたいに柔らかな髪が頬をくすぐる。

「来てよかったですかー?」

尋ねるのが二度目だからか、君は少し眉をひそめていた。

僕はその眉へ手を伸ばし、シワを押し込むと「ぐえー」なんて可愛くない声が出て。

君は傾き、僕の隣に倒れ込んだ。

……突然、静かになった部屋。
天井に君の顔はなかったが。

それでも僕はとなりを見られず、アツイ頬を指の腹で擦った。特に意味もない。

コシコシ……コシコシ……

しばらくやってると、だんだん指の腹に温度が点ってきて、火がおきそうだ、その前にやめようと、ボフッと布団に落としたところ、
君の細い手が、僕の手をつつんだ。

だめだな、さらにアツくなる。

ハミハミと掴む力に緩急が生まれ、かと思えば、ゆるゆる、手のひらで擦ってくる。
しばらくそうされ、やっと離された、と思ったら、今度は君の指たちで弄ばれる。

手汗がでてくれば、君の指はそれを面白がって、汗ばんだところに、繊細な肌を擦り寄せてきた。

気がつくと、片手まんまが君の両手に人質に取られているじゃないか……

片方の手で目元を覆った。

君の質問を忘れた訳では無い。
君はずっと、答えろ答えろと、急かすように触れてきたが、結局、君に触られなくとも、質問さえされなくとも、僕は答えていただろうと思うよ。

「君とこれて良かったよ」

真っ暗で、アツイ顔面とまぶたの裏で、君の微笑みが感ぜられた。