バカも好きもごめんも。
言う前にあなたは逝っちゃった。
もう遅いね、今さらすぎて涙しか出ない。
もっとあの時あなたのこと大切にしたらとか、
私はこの先一生考えて生きてゆくのかな。
泣いて悔やんで苦しんで。
そんな私を天高いところから見ていてよ。
バカだなアイツって、笑ってよ。
それで時々私の名前、呼んでくれたらいいのにな。
神様へ。
僕が先に逝くことになっちゃったけど、どうかあの子がこの先幸せに暮らしていけますように。
僕の代わりに、あの子のことを護ってくれる誰かが現れますように。
きっとそんなことをあの子が望むだなんて思えないけれど。
でも、あの子はひとりじゃ生きていけないから。
僕がそばにいてあげられなくなってしまった以上、他の人間に頼るしかありません。
僕への悲しみひとつ分を楽しい思い出に変えてあげてください。
あの子の優しさを、どうか汲み取ってあげてください。
そしたら僕は安心して旅立てます。
いつまでもこの世界をふらふらしていたくないから、どうかどうかあの子のことをよろしくお願いします。
あんなにずっと雨だったのに、なんで今日に限ってこんなにも快晴なんだ。
なにも君が出ていった日の天気がこんなに晴れやかにならなくてもいいじゃないか。
相変わらず僕の心は雨模様だよ。
この雨は多分一生止まないと思う。
愛してたよ、ずっと。
今もだけど。
せめて君に伝えてから出ていってほしかった。
あの子はね、遠くのお空に行っちゃったんだよ。
だからもう戻ってこないの。
泣いてあの子の名前を呼んでも、何も変わらないの。
もう会えないのは寂しいよね。
それはみんな一緒だよ。
でもあの子は向こうの世界で楽しんでるのかもしれないよ。
だから、あの子の旅立ちを受け入れてあげようよ。
忘れないでいてあげよう。
そうしたらきっと、いつの日かまたあの子がふらっと姿を見せるかもしれないよ。
元気でね、って、笑ってあの空に向かって手をふろう。
ほら、雨があがったよ。
虹も出てる。
あの子が返事してくれたのかもしれないね。
元気でね、って、笑ってあの空に向かって手をふろう。
さようならの意味じゃなくて、またいつかの意味で。
勝手にどこへでも行け。
これから顔を見なくて済むと清々する。
そんな言葉を浴びせられたら、私の上京する決心はすぐに固まるってもんだ。
兄は昔から変わった人だった。口数少なくて、反応も薄くて、おまけに影も薄い。そんな兄のことを私は心の何処かで疎ましく思っていた。それでも、早くに両親を亡くした私たちは簡単には離れることはできなかった。とりあえず兄は通っていた高校を中退し働き始めた。私はその頃まだ義務教育中だったから変わらずの学生生活を送っていた。だが今思えば、あんなふうに普通に通えていたのは兄のおかげだったのだ。私には見えないところで汗水たらして稼いだお金は私のために消えていたのだ。そんな、少し考えればわかることを卒業する頃になって初めて知った。心底馬鹿だと思った。
そしてぶじに高校まで卒業させてもらい、その後の進路をどうしようかと悩んでいた。兄に相談するのは気が進まなかったが、ここまでこられたのは紛れもなく彼のお陰だ。だから、言った。東京に行ってデザインの勉強をしたいんだけど迷っていることを。そんな、叶うか分からない夢を追いかけるのはやめて地元で普通に就職したほうがいいのは分かっていた。そのほうが現実的だし、先生をはじめ周りの人もそう言うから。でも兄には本当のことを言おうと思った。もしかしたら心のどこかで何か期待をしていたのかもしれない。
だが、言い放たれたのは私を突き放す辛辣な言葉。
そんなふうに言われるだなんて全く思ってもみなかった。衝撃すぎて言葉が出なかった。と同時に、この人に少しでも弱い所を見せようとした自分が馬鹿だったと思った。
それから1週間も経たないうちに荷物をまとめ、新幹線の切符をとり、地元を出た。友達にも誰にも言わなかった。兄には、直接言わず“東京へ行きます”とだけ書き置きして家を出た。顔を見たくないのはお互い様だ。あんな愛想の欠片もない人が唯一の肉親だなんて、私はなんて可哀想なんだろうと思った。
新幹線の中で、リュックの中の整理をしていた。勢いのまま掴んで持ってきた書類の束がぐちゃぐちゃに入っている。その中に見慣れない茶封筒があった。やや乱暴に開けると中には通帳と印鑑が入っていた。名義はなんと私だった。訝しげに通帳の中を見るとぎょっとした。なかなかのまとまった金額が印字されている。これは一体、どういうことだ。通帳には小さな紙切れも挟まっていた。
『お前の人生なんだから好きなようにやれ』
その言葉を見た瞬間に、両目から涙がぶわっと溢れ出した。通帳に大きな染みが沢山できてゆく。でも、止められなかった。言葉にできないいろんな感情が頭の中を駆け巡り、私はただ泣くことしかできなかった。
今までありがとうと、言えばよかった。でもそれを言ったところであの人は笑顔で送り出してくれるような人じゃないだろう。この別れ方で良かったのか今もよく分からない。けれどきっと兄は応援してくれている。ならばそれに応えられるように頑張ろう。車窓に映る高いビルたちを見つめながら、私は1人決心した。