ゆかぽんたす

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12/14/2023, 8:05:04 AM

ホームセンターで枯れた木を買った。自分の腰くらいの高さで、葉は1枚もついていない。ひょろ長く伸びた枝なのか幹なのか分からないのが1本立っているだけ。枯れてるのに値段がついてるなんてびっくりした。店の端の、もっと隅っこに邪魔に置かれてて、何故か分からないけど目にとまったんだ。だから、35円ならいっかって、軽い気持ちで購入したわけ。早速、家に帰って庭の1角に植えてやった。ホームセンターの隅っこより、ここのほうが広いし日当たりもいいだろう。
「きっとお前はお爺ちゃんだな。余生をのんびりここで過ごせよ」
僕はぼそぼそ小さい声で言った。木に話しかけてる現場をお隣さんに見られでもしたら変な噂がたちかねない。
そして次の日。すぐには事態が飲み込めなかった。朝起きて太陽の光を浴びるという、いつもの朝の日課をしようと窓を開けると、ピンク色した花びらが舞い込んできた。1枚だけじゃない。花吹雪のように次から次へと降ってくる。顔だけ窓から出すとありえない光景が広がっていた。うちの庭に桜が咲いている。
「なんで……」
庭の1角にそこまで大きくはない桜の樹が植わっていて、さっき舞い込んできた花びらはそこからのものだった。どういうこと?ここは僕んちだよな?一体いつ桜なんて植えたんだ僕は。そもそも、こんな時期に桜は咲かないぞ。ちょっと警戒しながら近づくと、周辺に土を掘り起こした跡が見られた。
「あっ」
そうだ、思い出した。昨日ここに枯れ木を植えたんだった。だが今あるのは立派な桜の樹。
「まさか……お前、桜だったのか?」
木に話しかけたところで答えは返ってくるわけがなく。僕はじっと、その桃色の花を見つめる。風がふわりと吹いて花がさわさわと揺れた。まるで踊ってるかのように。そうだよ、と、言っているように見えた。
「悪かったな、爺さん扱いして」
僕は水を汲んだジョウロを持ってきて、たっぷりと桜に与えてやった。太陽と水と風を受けて、その樹がまたひと回り大きくなった気がした。いや、錯覚じゃない。本当に大きくなっている。嘘だろ。こんな簡単に木って伸びるものなのか。
「まるで生き物みたいだ」
実際、それは間違っちゃいないんだけど。いったいどこまで成長するんだろうか。楽しみなような怖いような不思議な気持ちを抱えながらこの元気な樹を見上げる。もう既に、僕の背を越しているのだった。

12/13/2023, 8:43:56 AM

頭じゃ分かっててもどうにもならないことだってある。私がきみに抱いてる気持ちがまさにそれ。
好きになっちゃ駄目なんだって、分かっててもやっぱり無理だった。もう誰かのものであるきみに恋したって実ることは絶対にないのに。分かっていても、どうにもならない、行き場の無い気持ちを心のなかに秘めている。これは誰にも知られずに死んでく感情。本当は、思いっきり“好きだ”って叫びたいんだよ。叶わない願いをそっと自分の中で押し込める。難しいなあ、上手くいかないなあ。人の心って、複雑で面倒で繊細でややこしくて。私の心だけがそうなのかな。きみの心は今、健康?目に見えたら良いのにな。もし、人の心を覗き見ることが私にできたのなら。きみが誰かのものになっちゃう前にどんな手を使ってでも私のものにしたのにな。

12/12/2023, 9:26:22 AM

「何かあったの?」
「へ?」
大して仲良くもない、会話もそんなにしたことがないクラスの女子にそう聞かれた。僕は思わず面食らってしまう。何かあったかって。まぁ、あったはあったけど。
「気づいてないの?」
「……なにが?」
「あなた、とっくに限界なのよ。私ね、人の心臓の色が見えるの」
意味が分からなくて返事もできなかった。そんな僕を見て薄く笑う彼女。いきなりそんな話しても信じてもらえないだろうとは思っていたらしい。
「えっと、ちなみにどんな色してるの。僕の心臓」
「すっごく濁った灰色。もう少しで真っ黒になっちゃいそう」
だから、早急に休んだほうがいいよ。僕にアドバイスをくれてから彼女は教室を出ていった。残された僕は自分の胸に視線を下ろす。当然、見えるはずがない。彼女には僕の体が透けて見えているとでも言うのか。あまりにも信じがたい話だった。けれど疲れているのは事実だったから、言い当てられてびっくりした。
ここ最近は色んなことがあった。気が滅入ることも思い出すだけで怒りが込み上げてくることも。でも、落ち込んだって怒ったってどうにもならないことだから仕方ないんだ。そう言い聞かせていた。仕方がないと、毎晩心に言い聞かせて眠るようにしていたのに。本当はかなり傷ついていたらしい。何でもないようなふりをしていただけで、きっと心の奥底はそれなりに重症だったんだな。彼女に言い当てられたことであれもこれもと思い当たることが頭の中に蘇ってきた。
僕の心臓は灰色。それはなかなかショックなことだ。彼女の言う通り、早急に休息をとらねば。じゃあまずはこの後さっさと帰ることだ。もうあんな奴らのパシリになんかならない。怖いけど、不安だけど、自分の気持ちを伝えなければ何も始まらないから。ごくりと唾を飲み込み、僕は教室を後にする。そして、あいつらが待ち構える屋上へ。心臓に手をやり歩き出す。もう、何でもないフリはやめだ。

12/11/2023, 7:55:38 AM

僕らずっとこのままここにいられたらいいのにね。この先も変わらず仲良くやれる自信があるよ。
でも現実はそうはいかないな。僕は僕の、君には君のやるべきことがある。夢も希望ももちろんある。その道が、仲間だからといって決して同じ方向とは限らない。だから今、僕らは互いの道に進もうとしている。ただそれだけさ。だから別れなんかじゃない。歩く道が違えど仲間なのは変わらないんだ。
次に会う時も、いつものように変わらず話しかけてくれよ。額を合わせて拳をぶつけて、また変わらずにくだらない話をしようぜ。その日が来年なのか、10年後なのか50年後なのか分からないけど、その時にまた“相変わらず”な君が見れることを楽しみにしているよ。

Viel Glück!
僕の、親愛なる君へ。

12/10/2023, 8:17:57 AM

ずっとずっとずっと。
この手を離さないでね。
約束だよ。

そんな、幼い頃の口約束を君は今も馬鹿みたいに守ってる。私が、少しでも落ち込んだり不安を抱えたりする素振りを見せるとそっと抱きしめて手を握ってくれる。そうしてもらえるだけで私は満たされるけど、果たして君はどうなのかな。もう、こんな茶番にうんざりしてるんじゃないのかな。本当は早く私から解放されたいって思ってるんでしょ。
それが分かってても私は君を離してあげない嫌な女なの。ごめんね、君の意思はとっくに分かってる。ここに愛が無いということもだいぶ前から気づいてた。それでも私には君が必要で。君じゃなきゃ駄目で。この先もずっと君と手を繋いでいたい。我儘の塊だと分かってる。君を自由にしてあげない私と、嫌々ながらに私の手をとる君。どっちのほうが酷いんだろうね?やっぱり私なのかな。
けどそんなことはどうでもいいの。君がぎゅっとしてくれてる今、そんなくだらないことは考えたくないや。君を離さないように、君が離れないように。私は思いきり君の手を握りしめた。

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