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8/4/2023, 11:47:50 AM

『つまらなくても』
君と梅をよネ^_^満開でしたネ。節分祭に、行ったネ。私は、君が昔のことをお話しされる度に、動揺して脚が動くなりました。桜も見に行きましたネ♫フォトウェディングの撮影をされてはりましたネ。とってもキレイな花嫁さんでしたネ^_^♫桜は、大分と散りかけでした。でも、私は、君といる時間が大好きでした〜。私は、君にチューリップの前で写真を撮ってもらいました。私は、指ハートで、『きゅんで〜す💛』と、明るく努めました(*^^*)君に、バレないように、ドキドキしていました。桜の花弁が、君の髪に一枚ついていました。私が教えてあげると君は、サラサラと取りました。ステキだな〜と、想いました、それから、買える時に、春先だけとも、アイスモナカを半分こして食べたよネ^_^春先だけと、冷たくて美味しかったな〜。私は、その後に、レモネードソーダ○o。.を飲みました。アリスのように時間がなかったから焦りました。あと、もうちょっとの時に、氷が阻み、仕方なくバリバリと、音を立てながら飲みました〜。超、恥ずかしかったんだヨ。
君とバスケやエアーホッケーやバスケした時も、私ばかりが、燥いでた、バカみたいだネ。君が、歌ってくれた『金曜日のおはよう』のサビも嬉しかったな〜。どんな君は、アオハルを送って来たんだろう………。桜の風が私の胸を切なくさせるる。君にとったら、私との時間は、ロスタイムで、つまんないことですか。私は、君といた時間は、とっても素敵な時間で、宝物だヨ^_^まだまだ、ありがとうなんて言えないけれども、何時かは、ありがとうと、さよならねと言える日が来ますように。片想いをしていました🌸🌸🌸🌸🌸終わり
『『夏空へ』
私は、生きています。あの時の左眼の傷も分からないくらいになりました。
メークだって、出来るようななりました〜^_^♫
カラオケで、大好きな歌だってマスクをして歌えるようになりました。
メークして、睫毛を上げて、大好きなブルーをアイホールに水彩画のようにぼかして、
しっかりと眉毛も描いて、髪の毛もブローしたりして……。
友達は、手術の後は、大丈夫なの?!と、心配してくれた。
でも、可愛くなりたい、自分に自信をもちたいんです(´;ω;`)
ハニワさんの『可愛くてごめん🙏』なんては、歌うけれども、
私には、そんな風には、強気になれません。
でも、大好きなメークをしてお出かけをするだけです。
不思議と魔法のようにちょっと自信が持てます。
ヒーローでは、ありませんが、ちょっとだけ^_^💛私のカワイイです。
逆に、ノーメイクが、ちょっと恥ずかしいな〜なんて想えたりして……、私のほんのちょっとの成長かな??
他に、カワイイ方は、いっぱいいっぱいいやはるって理解していますからネ^_^♫ごめんなさい🙏
あっ、でも、左眼の下をアイライナーで線を引くと、
殆ど、分からないくらいの傷がジーンと感覚が教えてくれる。私が皮膚ガンだったことを……。
まだ、コロナ禍なので、イケメンの看護師さんには、会いには行けない。
私、ちゃんと眼だって閉じられるし、瞬きも出来るし、笑ったり、泣いたり、メークも出来るようになったんだヨ^_^と、
笑顔で、また、会えたらいいな〜💛と、夢をみています。私は、元気にしていますヨ(≧∇≦)v今度、また、会いたいですと、言ってみた。
ーーその時は、一緒に、写真を撮って下さいネ♫♫♫ピース✌して。
夏空へ、言ってみた。

8/3/2023, 7:05:51 AM

『コロン』
君と私は、看護師と患者でした。
コロナ渦なので、見舞いもダメと、言った。ジョイトリックのような環境で君と出会った。
 私は、皮膚ガンの為に入院することになった。私は、一人ぼっちの入院がすご〜く心細くて、なんか、他に回避出来る方法は、ないかずっと考えていた。
でも、その方法は、なかった。親しい医師に相談をしたら、『頑張るしかない!!』と、強い語気で叱られた。私は、プツんと、糸が切れたように声を上げて、泣いた。不安不安でしかたなかったから・・・・・。付き添いの友達は、冷たい視線で私を軽蔑した。『大人なのにしっかりして』と、言われるいるようでした。声に出して泣いた、おかげで私は、入院をして頑張る決意が出来た。先生は、私の為を思ってわざとキツイ言葉で、私を叱ってくれたのでしょう。今でも、その先生には、感謝しています。先生のエールちゃんと私に、届いたよ〜(´;ω;`)メソメソして、ごめんなさい。(´;ω;`)でも、ありがとうございました。心、想います。入院までに、諸々と、準備することはいっぱいあった。母が、モコモコのカワイイピンクのパジャマを買ってくれた。飲むお薬や色々と、お薬手帳やは歯ブラシや歯磨き粉や色々と、用意をした。不安定な私は、毎日、動画で、遠隔参拝をした。何処か、毎日がフワフワした日々だった。大好きなお姉さんと京都の嵐山のトロッコにも、乗りに行ったが、窓際で黄昏ていた、楽しかったのは、楽しかった。お姉さんが、『このトンネル、ジブリの世界に繋がっいるみたいだねと、言った。カメラマンさんが『今だけ、マスクを外して』と、言って写真を撮ってくれた。レールの振動が身体に諸だった。でも、エメラルドグリーンに、染まる渓谷と、保津川くだりの船とすれ違い様に船長さんとお客さんが手を振ってくれた。何だか、嬉しくなった。
 入院の日も、心は、フワフワしていた。担当の看護師さんは、イケメンだった。不謹慎だけれども、ときめいた。私が脚に障害を持っているためだろう。(男性の看護師さん。)
誠実に、私らしく、病気と向き合おうと頑張った。はじめての、一人ぼっちの入院。個室だった。看護師さんとのAさんは、誠実な方でした。私の病室に入る時に、マスクをちゃんとして、私ときちんと向き合ってくれた。やさしい、誠実な方でした。『今日は、夜勤ですか〜?』なんても聞けたりした。Bさんの看護師さんは、the、イケメンでした。でも、プロの看護師として頑張ってはりました。昨日、お風呂に入ったから、堪忍して〜と、お願いしてもきっちりとダメと、言われた。明るくて、気さくで、素敵な看護師さんでした。でも、何処か、私は、一人だし、頑張らなくちゃと、思いは、変わらなかった。B看護師さんは、香水を着けてはりました。
 ーー手術を終り、自分のBPMと、向き合っていました。無機質な白い病室と酸素マスクをしていました。夕方、B看護師さんが、『あんずちゃん、今日は、僕は、夜勤だよ〜。』と、音符付きの声で言った。甘いマスクの香水が強めで、ドキリとした。『あんずちゃん、よく、手術を頑張りました〜。』と、B看護師さんは、褒めてくれた。大人ななっても褒めてもらうのは、嬉しかったです。もう、点滴だけだった。顔は、アンパンマンのように腫れていた。不思議と痛さは、入院中は、全くなかった、退院日に、それまでの痛くないのが嘘のように、激痛でした。
 母が迎えに来てくれた。上手くいかない時は、クソッと、言いながら私は、頑張っていた。お世話になったA看護師さんに、B看護師さんに宜しくお伝え下さい🙇‍♀と、伝えて帰ろうと、思った。
A看護師さんが『B看護師さんなら、そこにいるヨ〜』と、言われた。『行っていいんですか??』と、言ったらOKIだったので、私は、B看護師さんと、元気な声で呼んだ。母には、病院やからと、しかられた。(^_^;)兎に角、私は、B看護師さんに、挨拶がしたがった。B看護師さんらしく、『あんずちゃん、もう退院ですか〜?!』と、驚いていた。そして、踵を返した。
B看護師さんらしく明るく見送ってくれた。『お大事に〜♫』と、また、音符付きの声でした。外は、みぞれ鍋混じりの雪がチラチラ降っていた。終り。