心の片隅でずっとアクティブになっていて、アラートを送ってくる案件ってありません?
強いのは過去の恐怖体験で、これはトラウマとかいわれてるし、あとは悔しかったこと、同じ失敗ができないこと、そして未来への不安。
アラートを送ってくるだけじゃなくて、意識の最前にその案件を展開させて、しばらく処理しなきゃいけなくなる。
この機能、不利な状況への対応をすっかり忘れてそれを再現してしまうのを防ぐという目的ではとても重要なんだけど、ちょとしたきっかけで強制起動したり、しばらく強制的に意識を占拠するあたりがなかなか処理が重いタスクで、気づけばあの時あーしとけばよかったとか、こーなったらどーしよとか、ずっと考えている。
この心の片隅でアクティブになっている案件が、楽しい体験や期待なのか、それとも不安のフラッシュバックや危惧かは、その人の気分や醸しだす性格にも直結していて、生活の幸福度でもけっこうな部分を決めているような気がする。けど、楽しいことばかり考えるようにすると、現実逃避みたいになって、危険な状況には対応できない。
しょうがないから、過去の問題案件はきちんと整理して合理化したり、将来の不安事項もなるべく対応を考えて、しっかり既決事項にしたり、実はどうでもいいことやどうにもならないことは、いったん諦めて割り切ったりして、アラートリストから外したり。あとは処理がループしてたらしっかり気づいて、当座はそのウインドウを閉じたりするんかね。
(というか、自分では制御できず強制起動する機能って、「他者」ですよね。すると「自分」ってのは自分の身体にインストールされてるってことなのかな。)
これはもちろん、あれやね、
太郎を眠らせ...
雪が降り積もっていく音が、聴こえるよう...
(三好達司 『測量船』)
就職して2年目に、職場の若い女性スタッフから、
「昨日夢で、○○○○って言われたんですけど、どういう意味ですかね...」って聞かれたことがあって、確かに気にしてしまうような切実なことを言ってたみたいで、言われた方の気持ちもわかるし、だけどこればかりは、自分のことでもなんでそんなこと言ったのかなんて分からなかった。
「それはわかんないですよね」 と言ったら、真顔で、
「そうですよね」とは言ってたけど、正直困ってたみたいだった。
その部署にはもういないけど、今ではこれも「夢ハラ」呼ばわりされて、人事に呼び出されて戒告受けかねなくなるのかも。
明日への光、でひときわ贅沢なのが夕焼けで、海に行ける場所にいた頃は、週末の天気のいい、風のない穏やかな日には海辺まで行って、夕焼けの数時間をクルマのなかで本読んだりして過ごしてた。
雲があってもなくても、夕焼けの色合いとかそのオレンジからだんだん蒼になってくグラデーションは毎回とてもきれいで、映画作成ではマジックアワー待ちというガチャまでやるらしい。
何回か行くと、この時間の愛好者はけっこういるらしくて、同じようなクルマがやってくる。
イヌを連れてきて散歩したり、車内でカップルがぼけっと夕陽を見てたり、爆睡してたり。昼間からキャンピングカーで来ていて、テーブル出して肉を焼いていたり。あとは楽器を持ち込んでる人もいて、気を使ってクルマの窓を閉め切ってトランペットを練習してたり、ボックス車のバックドアに座ってギターを弾いてる人もいて、個人的にはトタケケ君と呼んでた。
クルマで数十分も走れば行けるあの風景と時間は、これだけでもやたら贅沢で、わざわざ新幹線で温泉旅館に行って、魚料理とか食べるまでもなく十分満足。
ヨーロッパでは、もともと教会があって村になる、の順番が多いらしくて、定時とミサと冠婚葬祭などのフシメごとに、カランカランと鳴り響く鐘はとても愛されてるんだけど、日本ではあのでかい梵鐘で、夕暮れ時の時報ぐらいになっちゃうし、最近は除夜の鐘まで近隣住民からは嫌がられているとか。
そろそろ「行く年くる年」で中継されるお寺では、鐘撞きの練習に余念がないはず。
それから一部のゲームユーザーには、チリンチリンという鐘の音は、ステージのどこかで婆さんが亡者を喚んでる音なので、PTSDを発症しながらR1連打しているはず。