「月夜」
月の照り渡る夜。街灯のない、いつもの帰り道にそいつはいた。吸い込まれるような真白のうさぎ。異様な光景に、俺は疲れているのだろうと早足で帰路を辿る。そしてドアを開けると、見覚えのある白のふわふわが玄関前で俺を出迎えた。
この日から、俺の生活は一変した。
そいつは決まって俺の仕事帰りにのみ現れる。数少ない俺の自由な時間を、そいつは邪魔した。とはいっても、テレビの前に居座ったり、いつの間にか電子レンジの中にいたり、冷蔵庫の中にある野菜を食ったりするくらいだった。意味のわからない状況を受け入れつつある自分がおかしいのは分かっていたが、美しい、月明かりを包み込んだようなその白に、俺は魅了されていたんだと思う。
ある日のことだった。久々の自炊をしようと意気込んだ夜、塩がないことに気がついた。せっかく重い腰を上げたというのに、そう思っていると、またそいつが現れた。
「あっ、」
うさぎは足を滑らせ、塩を入れていた調味料ポットにすっぽりハマった。
なぜかそいつは、真っ白の、塩になった。
目を疑う前に、変わらぬ白を指で撫で、試しにひと舐めする。
「………しょっぱ。」
夢でも見ていたのかもしれない。そう思いながらふとカーテンを開けると、夜にしては明るい月明かりが差し込んだ。
その日から、そいつが現れることはなくなった。
「絆」
私の心が、あの人の情に惹きつけられていく。
相手を固く縛りつけるためのそれは、とてもじゃないがきれいだとは言えなかった。
「五年後も、十年後も、ずっと仲良しだと良いね。」
そんな言葉を聞いてひどく安心する。固い結び目がまざまざと目の前に現れたように思えて、今すぐそれをつかんで、離さぬようにもう一度結びつけてしまいたいとさえ思う。そんな絆とは言えないものに、私は必死で縋っているのだ。
「うん。私も、ずっと一緒がいい。」
あなたは私をこの世界に繋ぎ止めている、唯一の軛なのだから。