スリル
気づくかな、気づくかな?ドキドキ、ドキドキ。
グラスを手に取りぐっと飲んだ。すると、間髪入れずにプッと吐き出した。
なんだコレ、麦茶じゃなくて麺つゆじゃないか。
わ~い、引っかかった。パパ、どうだった?
どうだったじゃないよ。どうしてこんなことしたんだ?
だってドキドキして楽しいから。すりる、って言うんだって。
ふーむ。これは……。父親がちゃんと教育するべきときがきたのでは。
いいかい。スリルにはいいスリルとだめなスリルがあるんだよ。今のはだめなスリル。
そうなの?じゃあジェットコースターに乗るのは?
それはいいスリル。ただもう少し大きくなってからだな。
そっかぁ。じゃあスッポンポンで外を走るのは?
それはだめなスリル。
そっかぁ。じゃあ、絶対勝てない相手にスポーツでチャレンジするのは?
それはいいスリル。
そっかぁ。じゃあお使いのお釣り、昔の五千円札と新千円札をすり替えて渡すのは?
それはだめ。だめなスリル。確かに新渡戸稲造と北里柴三郎、似てるけど。財布の中で間違っちゃうことあるけど。それはだめなスリル。
そっかぁ。じゃあ地図に、新しい何かを付け加えたいって思って冒険に出るのは?
お、おお、いい。それはすごくいいスリル。オシャレだな、その台詞。
そっかぁ。じゃあBMW R 1250 GSに乗って、ずっとフルスロットル。朝も夜も赤信号も関係無しで、地平線までぶっ飛ばすのは?
あの?アドベンチャーバイクの?1254ccの?確かに水平対向2気筒エンジンで振動が少ないから長時間乗れるし、電子制御システムも凄いし、フロントフェイスもアグレッシブで見た目もカッコいいけど。それはだめなスリル。赤信号は止まらなきゃだめ。
そっかぁ。うーん。いいすりるとだめなすりるの違いって難しいなぁ。
難しい、かな?わかってくれたかな?
この子はどんな子になるんだろうか。ちゃんと理解して、悪いことせず、素直でいい子に育ってくれたらいいけど……。ドキドキだな。
子育てって、スリルがあるんだなぁ。
飛べない翼
♪ あしたをあきらめた
それがウソだとすぐにわかった
結んだ靴ひも
綺麗だったから
♫ 黒の街でうずくまる僕
追い越す君の足音
つま先はいつも
前だけを見てる
🎶 いつでも翼広げよう
いつの風でも飛ぶために
傷ついた翼広げる君
応えたい 勇気を出して
♪ 誰にも話せない
嘘を隠した嘘の勇気
生まれた孤独を
打ち破れ スタート!
♫ 昨日よりも早く歩こう
君を待たせちゃ悪いから
まわりの視線が
味方じゃなくても
🎶いつでも翼広げよう
いつの風でも飛ぶために
まやかしの時間 飛び越えるさ
同じあす つかまえるため
🎶いつでも翼広げよう
飛べない翼なんてない
僕だけのやり方 きっとある
戸惑いは 絶対 置いて行く
ススキ
空き地でギターとベースの音合わせをしているところに、リスが慌てて駆け込んできた。
たいへん、たいへん。白うさぎくんがバンド辞めるって。
なんだって。
ふたりが驚いて顔を見合わせた。
理由はなんだワン?
それがね、ススキのスティックが折れちゃったの。それでもう、ドラムは叩けないからって落ち込んでるの。だからもう田舎に帰るって。
にゃあんだ、そんなことか。ススキなんてそこら中に生えてるニャ。わたしがサッと行って取ってくるニャ。
ダメダメ。それじゃダメなの。
なんでニャ?
白うさぎくんのスティックは特別製なんだって。富士山を見つめる、満月の光を浴びたススキじゃないとダメなの。
次の満月は確か……。今日だワン。
白うさくんはいつ田舎に帰るニャ?
明日なの。
沈黙が流れる。ギタリストのイヌ。ベーシストのネコ。ヴォーカルのリス。3人が見つめ合い、決意が固まる瞬間を感じながら、同時に頷く。
行こう。富士山の見える丘へ。
3人はすぐに支度し、ゴミ捨て場へ向かった。
ゴミ捨て場には、運良く、3羽のカラスタクシーが留まっていた。
走ったまま立ち止まること無く、3人はそれぞれカラスタクシーに飛び乗った。
富士山の見える丘まで。超特急で頼むワン。
ふ、富士山まで?かなり遠いですぜ、お客さん。
なんとしても今夜中に行きたいニャ。高速料金も払うニャ。
そうですかい。そういうことなら、行きますぜ。ちゃんとつかまってなよ。
3羽のカラスが空高く舞い上がる。風に乗って一気に加速した。見慣れた家々があっという間に後ろに流れていった。
数時間後。
お客さん、すっかり夜になっちまったが、どうだい、この辺で。
長時間のハイスピード飛行移動でヘトヘトになった3人が、カラスの背から頭を出して周りを見た。
あ、あそこ。あの丘がいいんじゃない。
リスが指差した方向を見てふたりも同意した。
タクシーがゆっくりと着陸。途中、高速領域に入った加速で、リスが振り落とされて別のカラスタクシーに拾ってもらうというアクシデントがあったが、なんとか目的地にたどり着いた。
周りの景色をみながら3人は大地へ降り立った。そこには……。
冠雪を頂いた富士山。その手前には、満月の光で銀色に輝くススキの絨毯が広がっていた。風が吹くと、ススキはささやくように音を立て、静かなオーケストラの始まりようだった。
綺麗だね。
綺麗だワン。
綺麗だにゃ。
3人ともしばらく、目の前の光景に酔いしれていた。
ハックション。いやぁすいません、お客さん。帰りの時間もありますんでそろそろ。
あ、そうだね。急いで帰らないと。ふたりとも、ススキ取ってきてくれる?
イヌとネコは1本ずつススキを摘んで、大事に抱えながらカラスタクシーに乗り込んだ。
じゃあ運転手さん、帰りも超特急で頼むワン。
3羽が丘の上空に上った。ススキの野原の上を2、3度旋回し、ぼくらの町へ針路をとった。
翌日。
はい、白うさぎくん。
3人を代表して、リスが2本のススキを差し出した。
これは……、もしかして。
うん。富士山を見つめる、満月の光を浴びたススキ。3人で取ってきたの。これでまた、ドラムできるよね。みんなでまた、バンドやれるよね。
みんな……。ありがとう。
白うさぎは涙を浮かべながら、ススキのスティックを受け取った。
よし、じゃあさっそく演ってみるワン。
白うさくん、何かやりたい曲あるかニャ?
えっとね、えっとね。実はこっそり練習してた曲があるんだ。
なになに?
えっと。スレイヤーの「Angel of Death」。
……。あの?ヘビメタの?スラッシュ・メタルの?
うん。
3人が声を合わせた。大声で。
そりゃあ、ススキのスティック、壊れるよ。
脳裏
良いこともたくさんあったはずだけど、脳裏に刻まれるのはよくないことのほうが多い気がする。
たこ焼き作ったよ。出来立てほやほや。
彼女が運んできた皿の上には、6つのたこ焼き。湯気がのぼり、かつお節がおどっている。
たこ焼き、久しぶりだ。どれどれ。
つまようじで突き刺し、ヒョイッと口に入れた。僕はたこ焼きは一口で食べる主義だ。それがたこ焼きを1番美味しく食べられる食べ方だと信じている。
熱っ、ハフッ、ハフッ。うん。うん?えっと、なんだろ。なんか違う?
気づいた?ごめんね。最近、タコがマグロよりも高くなっちゃって。代用品で作ってみた。それはイカね。どう?
う~んと、普通に美味しい。
良かった。わたしね、代用品で料理するの得意だから。じゃあ次、食べてみて。
はい、はい。次ね。よっと。ハフッ、ハフッ。ん?これは?
グミ。どう?
え?
だからグミ。ピーチ味。
う、うん。どうだろ。ちょっと合ってない感じがするかな。
そっかぁ。じゃあ次。
ハフッ、ハフッ。こ、これは?
こんにゃく。食感が似てるかなと。
なんとなくヌルっとしてる。寂しい感じがしてきた。
そっかぁ。じゃあ次。
ハフッ、ハフッ。っつ。熱っ。なに?火傷しそうなんだけど。
それはね、ミニトマト。ヘルシーかなって。
イヤイヤ、汁が熱湯になってるから。これは無理だよ。
そっかぁ。じゃあ次。
う、うん。つ、次ね。ハフッ、ハフッ。熱っ。また熱いよ。
それはね、シャインマスカット。皮ごと一粒。
いや、だからさ、おんなじ。ミニトマトとおんなじ。水分が全部、熱湯だから。
そっかぁ。じゃあこれ、最後ね。
はあ、はあ。ようやくこれで。よし、ハフッ、ハフッ。ん?こ、これは……?
カレーのルー。言ってみれば、カレーたこ焼きだね。どう?
イヤイヤイヤイヤ。さすがに無理でしょ。噛んだ瞬間、食べちゃいけないもの噛んだと思っちゃったよ。 口の中から全然消え去ってくれない。ずっと残ってる。ルーが。
そっかぁ、残念。代用品の料理って難しいんだね。
そうだね〜。
──というたこ焼き事件が、僕の脳裏には刻まれていた。
別のある日。
スパゲッティ作ったよ。
彼女が笑顔で皿を運んできた。
あれ?麺、あったっけ?
なかった。直前で気がついてさ。しょうがないから代わりに……。
「代わりに」のところで、たこ焼き事件がフラッシュバックした。意識がまばゆい光に包まれる。
きっと……。
きっとこれから、大変なことが起こる。
僕は彼氏として、彼女を傷つけずに、上手く今日を乗り越えられるだろうか……。
まあ、頑張っちゃうけどね。
意味がないこと
ねえ、選挙行った?
行かな〜い。面倒くさいし。どうせ意味ないし。世の中変わらないし。
行ったほうがいいのに。
なんで?なんで?教えて。チョコパフェ、一口あげるから。
よし、じゃあ教えてあげる。その前にひとつ質問ね。国政選挙は誰が戦っているでしょうか。
……いやいや、流石にその質問はしつれーでしょ。政治家に決まってるじゃん。
それだけ?
ほか、誰かいるっけ?あ、タレント?選挙特番の。どっちが目立ったか、みたいな。
それはどうでもいいです。じゃあ解説します。これをみて。
これは?
世代別の投票率です。面倒くさいから、見て欲しいところ、もう私が言っちゃうけど、1番高いのは70代で、1番低いのは20代なの。わかる?こことここ。
ああ、これね。
だいたいだけどさ、2倍ぐらい違うよね。
みたいだね。
するとね、これを見た国会議員たちはどう思うかな?
どうって。70代がいっぱい投票してるなあって。
うん。ってことは?
ってことは?……なに?なんなの?
70代の人たちに好かれる政策をしたほうがいいなあって考えるんじゃない?
まあ、そうだよね。私が総理大臣でもそうする。
ってことは?20代の人たちがして欲しい政策は?例えば、お給料とか、教育費とか。
そりゃ、ごめんなさいってなるでしょ。あっ。
そう、そうなの。そこで最初に聞いた質問ね。国政選挙は誰と誰が戦っているか。
20代と70代?
うん。もう少しおおまかにいうと、若い世代と高齢者世代ってことかな。もう一回確認するけど、国会議員のことじゃないよ。一般の国民の、若い世代と高齢者世代が戦ってるってことね。
ふうん。でもなんか、戦うって言われてもあたし、戦ったつもりないんだけど。
まあ、投票してないからね。戦うっていうと分かりづらいかな。要するに、どっち、いや、どの世代が、国会議員たちに好かれるかのアピールの戦いってこと。
ふむ。
もしね、今回の選挙で20代の投票率が90%ぐらいの高い投票率だったとするよ。
うん。
そしたらさ、残りの人生、50年?60年?70年?ずっと、どの世代よりも国会議員たちに大事にしてもらえるんじゃない?だって自分に1番、票をくれる世代なんだから。
ああ、そっかぁ。そういうことなんだ。
うん。だからね、ちょっと見方を変えてみようよ。国政選挙はね、誰を国会議員にしてあげるか、だけじゃなくて、他の世代よりもわたしたちの世代を1番大事にして、っていう意味もあるんだって。実はわたしたちも戦ってるんだって。
なるほどね~。あたしの一票は意味がないことじゃなくて、実は戦いたかったんだね。そう思うと、もったいないことしたなあ。戦わずして負け。不戦敗か。これはあたしの流儀に反するな。いかん、いかん。
よし、じゃあ次の選挙は一緒に行こう。
うん。今日の話はためになった。お礼にいちごパフェもおごっちゃる。
ありがたき幸せ。遠慮なくいただくでござる。