君の目を見つめると
全てが見透かされているような気がして、いつも君の視線をかわす。
きれいな景色を見たり、レストランで食事をしたり、新しい音楽を聞いたり。そこで僕が感想を言おうとすると、いつも戸惑ってしまう。何を言おうとしているのか、君の瞳にすでに読まれている気がするんだ。
トランプをしても、いつも君が勝つ。こっちの手札もきっと丸見えなんだろうね。
でも。やっぱり、ちょっと悔しい。
だから今日からは、僕も君の瞳を逃げずに見るよ。君のこと、もっとよく知りたいから。
……あれ? どうしたんだろう。上手く見れないや。
ねぇ、ミャクミャク、君の瞳は一体どこを見ているの? ていうか、僕はどの目を見ればいいの。教えて、ミャクミャク。
星空の下で
ブランコを静かに揺らして待つ。聞き慣れたスニーカーの足音がやってきた。
遅い。
ごめん。猫が起きちゃって。 そう言って彼女は隣のブランコに座った。
幼なじみだ。幼稚園からずっと一緒。中2ぐらいから、夜中に抜け出して公園で会うようになった。何をするわけでもない。学校のこと、好きな音楽のこと、ゲームのこと、そんなことをダラダラとしゃべるだけ。高校生になってもこの習慣は続いていた。
あのさ、 彼女が珍しく神妙に切り出した。
やっぱりだめっぽい。
離婚?
うん。
そっか。
前に1度だけ、この話が出た。父親の不倫が原因らしい。僕はなんと言っていいかわからず、今みたいに、そっか、とだけ返したと思う。
よくある話よね。
うん。
こういうの他人事だと思ってた。
うん。
うん、ばっかり。
うん。
そこからしばらくは無言だった。ブランコの軋む音がいつもなら鬱陶しいのに、今日はなぜか有り難く感じた。間をつなぐ唯一の存在だったからかもしれない。
時計を見た。午前3時。いつもの解散の時刻だ。
3時ね。 彼女が先に立ち上がった。
じゃあまた。
なあ。
ん?
相手の女、殺してやろうか。
彼女が目を見開いて固まった。が、すぐ笑顔を見せ、
じゃあお願いします。と答えた。
何くれる?
んん、じゃあパン。くるみパン。
殺しの報酬がくるみパンかよ。
うん。今日作ったの。お母さんと。
……そっか。じゃあそれでいい。
うん。明日学校に持って行く。
彼女は背を向けて歩き出した。が、すぐ立ち止まって空を見上げた。
悪巧みって、やっぱり夜にするんだね。
明るい声だった。表情はわからなかった。今夜は月もない。有るのは青白い星だけ。シリウスだろうか。まあ、なんでもいい。
じゃあ。
ああ。
彼女が去って行く。
僕は彼女の足音が聞こえなくなるまで、ぼんやりとブランコを揺らしていた。
それでいい
小学生時、写生大会があった。2日間だったと思う。
4年生の時のこと。校庭でサッカーボールを蹴る瞬間を描いていた。数人でモデルを交代しながら描いた記憶がある。
元々絵が苦手だった僕は、最初から好成績を諦め、いい加減にササッと描き上げてしまった。
途中で担任が見回りに来ると、まだ描いてます、というポーズを取り繕う。その2回目だったと思う。
もう完成したのか。
まだですけど。でもほとんど出来上がりです。
僕がそう言うと、担任が絵の中のクラスメートの太ももを指さした。
ここ、よく見てみろ。本物はもっと丸みがあるだろ。 そう言って筆を取り、白の絵の具をつけて太ももに数本、線を載せた。
ほら、こうすると立体的になるだろう。
はい。 僕は素直に返事した。素直にそう思ったから。
もう片方は自分でやってみなさい。
はい。 僕はさっき見たのを真似て筆を走らせた。
うん、そうだ。それでいい。 担任は笑顔を残し、別の生徒の方へ歩いていった。
それから2週間後、学習発表会が催された。家族が来校し、子供たちの合唱と演劇を観覧する。
写生大会で描いた絵は、この日、校舎内に展示されていた。体育館での観覧を終えたあとは、校舎の方に移動して子供の絵を見ることが出来た。
この年は、祖父母も来ていた。学校では会わなかったが、帰宅後、大きな声で村人Aを演じた僕を、祖母は褒めてくれた。
祖父はというと。渋い表情だった。
彼は趣味で油絵をやっていた。絵の方で気に入らないことがあったのかな、直感でそう感じとった。
絵、下手だから。 僕は祖父に言った。
それはいい。
なんか変だった?
みんな同じ太ももだったな。 祖父は少しさびしそうにそう言った。
翌日、学校で絵を見て気付いた。
みんなというのは、一緒に描いていたクラスメートの絵のことだった。
どの絵の太ももにも白い線が描いてあった。
つまり、担任がその場にいた全員に、太ももに白い線を描くやり方をやらせたのだった。
子供の頃は、なぜ祖父がそれを気に入らなかったのかわからなかったが、今ならなんとなくわかる。
おそらく、人のやり方ではなく自分のやり方で描いて欲しかったのだ。創作の素晴らしさは、何よりも自分を表現することだ。周りと同じような絵を見て、それでいい、なんて、絵かきの祖父は絶対に思わなかっただろう。
そうならそうとちゃんと言ってくれればいいのに、とも思うが、当時の僕には難しいと思ったに違いない。ごめんね、じいちゃん。
1つだけ
パキラを育てている。なんとか無事に冬越ししてくれた。
パキラは基本的には、5枚の葉っぱを広げるが、6枚やそれ以上の数の場合もあるらしい。
先日、水やりしながら状態をチェックしていると、1枚だけ付け根が折れて取れかかっている葉っぱを見つけた。
5枚がバランスよく広がる姿が心地良いのだが、折れてしまっては仕方ない。渋々、その1枚を取り除いた。今までご苦労さま。
後日ネットを見てみると、別の観葉植物の話だが、折れた部分をテープで固定している人がいた。完全に折れたり取れてしまったりしていなければ、もとに戻る可能性もあるらしい。
そうか、そうだよな。植物も生き物だもんな。生きてる限りは、生きようとするよな。
あっさりと取ってしまった自分は、なんて浅はかなんだ、と思った出来事でした。
大切なもの
頑張って作ったのだが……。
どう?
イマイチ。 年上の彼女が言う。
なにこれ。
野菜スープ。コンソメの。
味付けは?
だからコンソメ。
だけ?
だけ。
あのさ、ちゃんと味見すればわかるよね、ちょっと薄いなって。
……そう言われればそうかも。
塩こしょうまったくしてないでしょ。
うん。必要?
そりゃそうでしょ。こんなに薄味なんだから。
……ごめん。
あなた、そういうところあるよね。これやっとけばいいや、みたいなところ。料理はね、食べる人のこと、もう少し考えなきゃだめよ。
……だからごめんって。
もう。まあ、いいけどさ。突然料理するっていうから任せたけど。どうしたの?なんかあった?
……最近、野菜足りてないなって言ってたから。
……そっか。
うん。塩こしょう、今からでもする?
んん。いい。これで。
じゃあ僕だけかける。
なんでよ。じゃあわたしのにもかけなさいよ。