#宝物
綺麗事を言えば家族が宝物なのですが、純粋に「物」というと、やはり赤ちゃんのときからいっしょの猫ちゃんのぬいぐるみだと思います。
うちには手癖の悪い兄弟がいて、持っていた色々なものは持ち出されて売られてしまって、何も出来ないうちに物欲もどんどん失せていってしまいました。
ものやお金に対する執着はほとんど無くなってしまって、ゲームを買ってもDVDを買っても、いつまで部屋に置いておけるかなと諦めの眼差しで眺めていたように思います。
でも猫ちゃんたちぬいぐるみは、売ることが出来ないから盗られることもなくて、ずっとそばに居てくれました。いろいろなものを奪われていく中で、猫ちゃんたちだけは私に安心感を与えてくれていたと言っても過言ではありません。
猫ちゃんはそのまま嫁入り先まで着いてきてくれました。疲れた時には「猫吸い」をすると安らぎます。一生の宝物です。
#たくさんの想い出
私は趣味人で、結婚も出産も遅い方でした。早く産んでいたらまた違った人生もあったのかな、と考えることはありますが、今のところ後悔はありません。友人たちといっしょに、趣味を全力で楽しめたからこその今だと思っています。
飲酒無しで明け方までカラオケ。あの頃は月に2から3回のペースでカラオケに通っていました。
夜明け前に家を出て、何時間も炎天下に並んだコミックマーケット。翌日も仕事な上、職場の忘年会まであるのに完徹して原稿を書いたり、空が白むまでチャットしたりもしました。
横浜で開催されるイベントへの定期参加。毎回宿を変えて、せっかくだからとゲルマニウム温浴に行ったり、ちょっと良いお店でご飯を食べました。
Twitterのオフ会では、自分が1番年上だったことにショックを受けたりもしました。年齢のことで言うと、イベントのために出かけたマルイのサマンサタバサ、25歳以上お断り♡みたいなことが書いてあって、友人といっしょに「私達はダメじゃん!」と笑いました。
温泉旅館で食べた蝦蛄、いっしょに行った友人たちが誰も食べなくて、何故かと訊いたら「裏が虫みたい」と言われ、私まで食べたくなくなりました。
読売旅行で宝塚の観劇ツアーに参加したこともありました。お昼はビュッフェで、知らないご婦人に「あっちにカニがあるわよ!カニは食べないともったいないよ!」と話しかけられ、カニが苦手な私と友人は苦笑しかできませんでした。
父が水族館のチケットをくれた時、彼氏がいるにも関わらず友人を誘って2人で行きました。その時に買ったイルカちゃんは今もリビングに飾られています。
他にも富士急ハイランドや、アスレチックなど、友人たちとの思い出は枚挙に遑がありません。
とにかく週末になると誰かしら友人に会っていました。全員が趣味人でした。そのおかげで、私達は揃って結婚出産が遅くなり、子供たちも同世代です。次は子供たちもいっしょに、たくさんの想い出を作っていくのでしょう。
#冬になったら
冬はイベントが多くて大好きです。
ケーキとチキンが食べられるクリスマス。
ミカンとお雑煮が美味しいお正月。
美味しくてつい年齢より食べてしまう節分豆。
いつもは買わない高級チョコをここぞとばかりに買い込むバレンタイン。
加えて、子供2人とも冬生まれのため、ケーキチャンスが2回も追加!
冬、最高です。
せっかく買った手帳も、1月になったらようやく使い始めることができます。実はそれも結構楽しみにしています。
勿論、風邪やインフルエンザなどのリスクは上がりますが、それを差し引いても余りあるほどの冬グルメの魅力。冬になったらたくさん食べます!
#はなればなれ
今日、高校からの友達と子連れでご飯に行ってきました。
楽しかったです。子供たちも世代が近くて楽しそうでした。
私は本当に人付き合いが苦手で、例えばどれだけ仲が良くても、会社を辞めた人とはぱたりと連絡を取らなくなりました。親戚付き合いも希薄です。
けれどこの友人たちとは、進路さえ就職と進学とでバラバラだったのに、結婚して引越しても、子供が産まれても未だに付き合いが続いています。おかげで子供たちも学校外の友人ができました。
友達と離れたくなくて進路に迷ったこともありましたし、結婚した友人との距離に迷うこともありました。でも本当に自分がその人のことを好きなら、無意識に続けようとするし、続いていくのかなと感じます。
#子猫
子供のことを時々「猫」と呼んでしまいます。
名前が決まるまでの間、仮名として猫と呼んでいた名残です。 赤ちゃんは言葉が通じないし、ニャーニャー泣くし、可愛いので実質猫なのではないか?ということで付けた仮名でした。
元々猫は大好きです。私が生まれて初めて与えられたぬいぐるみは可愛い猫ちゃんですし、赤ちゃんの頃にも、遊びに行ったおうちの猫と仲良くなり、私のミルクとその猫のかつお節ご飯を交換して食べていたという話もありました。
また実家は、犬を飼ってもなぜか早死してしまうのに、猫は絶えずにずっと飼っていました(猫をうちの庭に捨てていく輩もいました)。
思い返せば、猫とは随分縁のある人生でした。赤ちゃんを見て「猫じゃん」と思ったのも、猫が私にとって身近な存在だったからに他なりません。