心のバランスを崩し、日々の生活が送れなくなり、
しばらく入院をした。
古めかしいというのは、きれいに掃除がされていても、何となくパッとしないものがあり、例えば、共同のステンレスの洗面台は、時代遅れの風情があり
あまり長居はしたくない場所だった。
そういう年月の経った病院の個室に入った。状態が
あまり良いとはいえなかったからだ。
シャワーとトイレがついていて、古びたソファーと丸いテーブルがあった。このテーブルで毎日食事を
し、日記をつけた。
その病室は、しばらく私の「家」になった。
実は去年、病院が移転し、真新しい姿になって登場した。
とてもきれいで、待合室も診察室も清々しい感じがする。
受付の向こうに扉があり、その先は入院病棟になっている。来院した患者は入れないシステムだ。
新しくなった病室はどんな感じなのだろうか。ちょっと見てみたい気持ちになったものだった。
「病室」
明日晴れたら…秋冬のパーカーの洗濯だな。
今日半分したので、残りの半分をしよう。
あ、ドライマークの衣類の洗濯もしよう。
夏の良いところは、何でも早く乾くところだな。
ハイ、現実的な話でした(笑)。
「明日、もし晴れたら」
数日前の夜、遠くで音がした。
花火の音のように聞こえる。
そうか、今日どこかで花火大会をしてるんだなぁと
思った。
翌日、ニュースをみた。やっぱりそうだった。
花火大会があったことを知らなかった。ちょっと
寂しくなった。
人と関わっていたら、誘われて行っていたかも…と。
知り合いはあまりいない。大勢の中にはいるのは
苦手だ。
まぁ今回は、ちょっと寂しさを感じたけどね。
一人の時間を充分に楽しめている。むしろ、一人の
方が楽でいいのだ。しがらみや、いろいろと気を
遣わなくていい。
ただ、人といろんなことを共有することは、とても素敵なことだと思う。一体感や感情(おもに楽しさ)は、それによって生まれるものだ。
私にも、そういう経験ももちろんあるけれど、結局のところ、家で自由に過ごすことが多いのだ。
周りから見たら、そんなの損してると思うかもしれないけれど、それは人それぞれだ。だから、
「だから、一人でいたい」
赤ん坊の目がきれいだと思ったことがある。
濁りのない、クリアな目。
時が経つにつれ、その目は少しずつクリアで
なくなっていく。
大人になっていくなかで、いろんなものを
見るからだろうか。
「澄んだ瞳」
嵐が来ようとも
…君を守る。みたいなセリフがあると思う。
ドラマとかで言っているようなセリフ。
言うのに勇気がいりそうだ。
「嵐が来ようとも」