うみ

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10/8/2024, 10:47:11 AM

 ──この時間を楽しみに。


 どうにか区切りをつけて、ペンを動かしていた手を止める。長い間書き続けていた指は思うように動かない。強張りをほぐすようにぷらぷらと利き手を振る。
「っんー」
 ぐっと伸びをすると、全身の筋肉が緩む気がした。乾燥を訴える目を片手で覆って、細く息を吐く。


 後日加筆します。

(束の間の休息)

10/7/2024, 10:06:15 AM

 ──この手だけは絶対に離さない。

(力を込めて)

10/6/2024, 12:44:38 PM

 ──美化された思い出だとしても構わない。

(過ぎた日を想う)

10/5/2024, 12:36:32 PM

 ──きらきら、ぴかぴか。


 ほら、あのおっきい変な形がオリオン座、あそこの二つをつないでこいぬ座、いちばん明るいシリウスが目印なのがおおいぬ座。
 ベランダから見える空いっぱいにきらきら光る点々を指差して、母さんはせーざ、というものを言っていく。抱っこしてもらっていつもよりちょっとだけ近い夜の空は、こないだ買ってもらったこんぺいとうを敷き詰めたみたいだ。もしかして、食べたらあまいのかな。
「なあ、かあさんのせーざはないの?」
「んー、昔の人が作った話だからねえ。母さんはいないかなあ」
「むかしのひと?」
「古代魔法がまだ普通に使われてた頃の、母さんもじいちゃんもひいじいちゃんも生まれてないくらい昔の人」
 こだいまほう、は、昨日学び舎で習った。すっごい昔に使われてた、すっごい強いまほう。
「なんでむかしのひとはせーざをつくったの?」
「さあ、なんでだろうねえ」
「かあさんにもわかんない?」
「母さんにもわからないことはあるの」
「ふうん」
 ずうっと上を見ているせいか首が痛くなってきたなあ、と思ったら冷たい風がぴゅうっと吹いた。マフラーも手袋もない格好じゃ寒くて、母さんの首にぎゅっと抱きつく。
「そろそろ入ろうか」
「うん」
 母さんも寒そうに首をきゅっとさせて、片手で窓を開ける。家の中は温度を上げるまほーぐが置いてあるからあったかいけど、床はちょっとだけ冷たい。
 弟たちはどうしてるかな、と二人を見たくなって寝る部屋の方に走ると、ふとんには弟と妹が並んで寝ていた。寝てても起きてても、やっぱりほっぺたはやわらかそう。触りたい。けど、手が冷たいから起こしちゃうかも。
「寝る部屋に行くなら手洗ってか、らっ」
「わっ」
 追いかけてきた母さんに後ろから持ち上げられて、手を洗うところの方に連れていかれる。
「かあさん、てーつめたい」
「外にいたからね」
「おれもつめたい」
「早く手、洗っちゃおう。この前あったかい水が出るようにしてもらったからね」
「まほーぐのやつ?」
「そう」
 あったかい水で手を洗って、タオルで乾かす。よし、あったかくなった。これで触っても起きない。満足して弟たちのところに行こうとすると、また後ろから持ち上げられた。なんで。
「ほら、着替えるよ」
「えー」
「今日からもこもこパジャマなのに?」
「やった! きがえる!」
 もこもこパジャマは寒い日にだけ着られるやつ。ふとんの上でごろごろするともこもこして楽しい。
「はい、手あげてー」
「ん!」
 頭からかぶって顔を出すと、髪がぼさぼさになった。ぶんぶん振って直して、やっと寝る部屋に行ける。
「寝てるんだから起こさないようにね」
「はあい」
 そっと弟たちのふとんに乗って、ほっぺたをつつく。おれも赤ちゃんの時はこれくらいやわらかかったのかなあ。
「……あふぁ」
 きもちよさそうに寝てるの見てたら、おれも眠くなってきた。
 明日は早く起きて、家にあるせーざ図鑑を見てみようか。それから学び舎に行って、帰ってきたら弟たちにあのあまそうなせーざたちの名前を教えてやるのだ。まだちっちゃい弟たちが風邪をひかないように、ぎゅっと抱きしめながら。
 
(星座)


少しだけ加筆しました。

10/4/2024, 10:33:06 AM

踊りませんか?


 ──さあ、周りの目なんて気にせずに!


 あちこちに吊るされた魔法灯が、広いホールをきらびやかに演出する。
 少し離れた場所にある人だかりを眺めて、小さく溜息をついた。中心にいる人さえ見えないほどの人数だけれど、誰が囲まれているかは知っている。だって、自分の恋人その人だ。
「……お前も大変だな」
 隣でジュースの入ったグラスを傾ける友人に話しかけられて、思わず苦い笑いを浮かべる。何を隠そう、友人の恋人もあの集団の中心にいるのだ。
「そっちこそ」
「ここまで来ると笑いさえ込み上げてくるものだ」
「まあ、予想通りだよね。こうなるのも」
 友人からは小さな頷きが返ってきた。

 なんてったって今日はプロムナードだ。卒業を間近に控えた生徒たちに最後の思い出を、と学校側が主催する盛大なダンスパーティー。今日ばかりは魔法学園生たちも堅苦しい制服とローブを脱ぎ捨てて、華やかな装いに身を包んで。友人を、恋人を、はたまた気になる人を誘って、この日のために延長された寮の門限ギリギリまで音楽に体を任せる。そんな特別な日に、フォーマルな衣装を纏った憧れの人に声をかけたくなるのも、当然なわけで。
 
「……いやでもムカつくと言えばムカつくじゃん?」
「なんだいきなり」
「えー、君は違うの?」
「あいつの手を取るのは私だけだから、問題ない」
「仲良しで嬉しいよ。でもさ、そろそろブラックコーヒーにも飽きてきたんだよね」
「なんの話だ」
「君たちの周りに砂糖の山ができそうって話」
 水色の瞳に怪訝そうな色を浮かべる友人に呆れつつ、人だかりからちらりと覗いた金髪から目を逸らした。鮮やかなテーブルクロスが彩る長机には、いくつものグラスが並べられている。もちろん全てノンアルコールのドリンクだ。教職員用のものは別の机にまとまって置いてある。見覚えのある魔法植物学の教師が酔っ払っているのが視界の端に映って、思わず二度見する。生徒より羽目を外してるでしょ、あれ。
「そろそろ演奏が始まるな」
「戻ってこられそうにないねえ、二人とも」
「ファーストダンスはパートナーと踊るのがマナーだが」
「……妨害されてたりして」
「あいつらが踊ることをか?」
「ううん、逆」
「……成程。私たちが向こうと踊ることを、か」
 肯定の意味を込めてグラスを揺らす。
「あいつ以外と踊る気はさらさら無いが」
 こちらを窺っている生徒たちには貴族の家の人間も多い。たぶん、繋がりを作るように言われているんだろう。あわよくばダンスの相手になって社交界での噂を……ってところ?
「子のプロムナードを私欲のために使うか」
「それが大抵の貴族でしょ。君の家がおかしいの」
「妨害するなら直接私たちに声をかければ良いものを」
「名門の機嫌を損ねたく無いんだよ」
「面倒なことだ」
 そうこうしている間にも楽団が準備をし始める。これは、本当に踊れないかも。
「それか、私たちの結婚に納得がいかないかだな」
「ああ、最近だもんね、変わり始めたの。まだまだ少ないし」
「姉夫妻が継ぐのを嫌がったから、私が継いであいつが婿入りすることになったんだがな」
「身分差もあるしねえ。単純に気に入らないんじゃないの?」
「法改正もとっくに済んでいるだろうに。……もう始まるな」
 友人の言葉通り、フロアの中央にぞくぞくとペアを組んだ生徒たちが集まっている。人だかりはダンスの邪魔にならない場所に移動したものの、解散する様子がない。ついでに数人の生徒が緊張した様子でこちらに近づいてくる。
「え、どうする? 逃げる?」
「それは気に食わない」
「ここで負けず嫌い発揮されても」
「いや。私たちが踊らないのは外聞が悪いだろう」
「あー……」
 名門の家の者がファーストダンスを踊らずに見ているだけ、というのは下手な噂が立ちかねない。婚約が上手くいっていないとか、他に相手を見つけたとか有る事無い事を騒がれる。それなら、と良いことを思いついてグラスを置いた。
「じゃあ、踊る?」
「だから相手がいないと──」
 友人が言い終わるのを待たず、その手を掴む。楽団の指揮者が台へ歩み寄るのを横目に、粗雑にならない程度の早足でフロアへ進めば、友人も意図を理解したらしい。適当なテーブルにジュースを置いて足を早めた。
「話題を提供してやるなら、これくらいでなければな」
「ま、同性で踊ってる人たちもいるから目立たないでしょ」
「本気で言っているのか、お前」
「ふふ、戻ってきてくれない二人への当て付けも込めてね」
 周りから驚きと困惑の視線を浴びながら目指すのはフロアのど真ん中。自分も友人もダンスの腕には覚えがある。想定の相手と違ってもどうにかなる、はずだ。
「どっちがリード役やる?」
「私が。何度か姉の相手をしたことがある」
「了解、身長差は大丈夫?」
「問題ない。……足を踏むなよ」
「誰に言ってるの」
 明るい照明を浴びながら本来のパートナーをちらりと見て、小さく笑い合う。思った通り、とても驚いた顔をしていた。踊ってる最中に突っ込んでこないと良いな、怪我しそう。
「後が怖いな」
「ラストダンスで踊ればどうにかなるよ、きっと」
「また適当なことを言って」
「その適当なことに乗ってきたのはそっちでしょ?」
 最初のダンスを恋人と踊れないのは残念だ。でも、親友と馬鹿をやるのも悪くない。付き合いの年数で言えば無表情に楽しさを滲ませるこの親友の方が長いのだし、きっとこれも良い思い出になる。
「あいつらがどんな反応をするのか見ものだな」
「性格悪いよ?」
「提案者はお前だ」
「たしかに」
 指揮者が手を挙げるのに合わせて最初のポーズを取れば、ざわめきは一層大きくなる。まあ、こんなのも慣れたものだ。
「一緒に怒られてね」
「逃げるのは手伝え」
 同じようなことを同時に言って、思わず吹き出す。初対面のときは自分と正反対なんて思ったのに、案外似た者同士だよね。
「ふふ」
「は、」
 堪えきれなかった笑い声が騒々しいホールに落ちて、指揮者が手を振って。
 呼吸を合わせて、笑顔のままに足を踏み出した。




 ──結局、曲が終わった途端に途轍もない速さで駆け寄ってきた恋人たちから逃げ回ることになるのだけれど。それはまた、別のお話。







***
 

 昨日で二十作品になりました。いつも読んでいただきありがとうございます。

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