尻尾が丸まった柴犬を連れた飼い主と、ちらっと目があった。
確実に【 この人、犬苦手だよね】って気が付かれた気がする。
目を輝かせながら気になる物に反応しながら歩いている柴犬をくいっと引き寄せて過ぎ去って行った。
「犬、怖かったっけ?」
何食わぬ顔ですれ違ったつもりだったけど、同僚が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「子どもの頃、噛まれたことがあって…突然鳴かれたらと思うとちょっと…」
飼い犬とすれ違うだけでも体がすくんでしまうけど、生きていく上では何の問題も無い。高い所も嫌いだし、狭い所も嫌い。それも子どもの頃に経験した悲惨な思い出からくるもので、確実にトラウマだけど、ずっと仕方ないと思って生きてきた。
「誰にでも苦手なことってあるけど、無理に克服しようとしなくてもいいじゃない? これから楽しい思い出を、上乗せしていこうよ」
「んー…方法が見つからない」
同僚は自分を指さし、ニコッと微笑んだ。
「一緒に楽しい思い出作ろう」
「え? 犬克服のために?!」
突拍子もない言葉に、思わず笑ってしまったけど、嬉しかった。
脳に刻まれた嫌な記憶はなかなか消えないけれど、これから起こるかもしれない新しい出来事を考えると、ほんの少しだけ前向きな気持ちになれた。
…………………………………
〖お題〗いつまでも捨てられないもの
4ヶ月前、就職で家を出た娘と駅で待ち合わせをしている。沢山のすれ違う人を見ながら、
ちゃんと食べてるの?
家事は出来てるの?
仕事は、順調なの?
会ったらたくさん聞こうと思っている事が頭をよぎる。
「お母さん、久しぶり!」
聞き覚えのある声に振り向いた瞬間、思っていたことが、一気に消え去った。
完璧では無いものの、一人で生きているという力強い表情の娘が、満面の笑みで手を振っていたから。
「久しぶり」
私も、笑顔で手を振り返した。
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お題目【誇らしさ】