日常組『羅生門』パロ
「では明日、朝食のお時間になりやしたら、またお電話かけさせていただきますので、ごゆっくりお過ごしくだせぇ!」
「は〜い!」
風呂場前で気のいい番頭と別れ、Vivid BAD SQUADの4人は部屋へと戻っていく。
杏の父・謙が、3日後の京都で行われるライブの前に羽を伸ばしてこいと予約したのがこの旅館だった。なかなかリッチなこの旅館に、今のところ4人とも満足している。
番頭は気さくだし、使用人も優しげで親しみやすい。彰人が珍しくいい人モードを発動していないのも、きっとこの旅館に良さを感じたんだろう。
風呂上がりで今4人が来ている牡丹柄の浴衣は色違いのお揃いで、その浴衣からは普段感じることのない浴衣の匂いを感じることが出来た。
「ひゃっ…!?」
歩いている最中、突然こはねが短い悲鳴をあげた。思わず前を歩いていた彰人と冬弥が振り返る。
「どうした?」
「ご、ごめんね。あれにビックリして…」
「わ、なっ何あれ……ひぁ、怖…」
こはねたちの視線の先には、赤い髪の鬼の首。勿論本物では無い。歌舞伎でよく使われるようなものだった。
彰人たちは風呂へ行く前にこれを確認しているのでさほど驚かなかった。
こはねもびっくりしただけで怖がりはしておらず、むしろ興味を抱いているようにじっとそれを見つめていた。
「これを被ってパフォーマンスでもするのだろうか。説明が書かれていないから分からないな。」
「……っつーか、お前怖いのか?これ。」
彰人はにんまり笑って杏をからかった。1人青ざめてこはねの背に半分顔を隠していた杏は、なるべくそれを見ないようにしながら彰人に噛み付く。
「っはぁ!?いや、見る分にはあんまり怖くないけど…アンタも想像してみなよ、これがもし夜中とかにフラ〜…って現れたら!怖くない!?」
「それがもし本当に起こるなら話は別だ。でも別に見る分には怖くねぇよ。」
「っ〜〜……ほ、ほら!早く部屋帰ろ!」
杏の押しに彰人が嘲笑し、冬弥とこはねは苦笑しながら部屋へと戻った。
20時43分
「んー…まだ15分あるし、お土産屋でも行こうかな。」
「おっけー!私はいいかなー。父さんどうせ京都いるし。」
杏の返答を聞いたことでこはねは『牡丹の間』という部屋から出た。廊下を見回すと、冬弥が少し先を歩いているのを見つけ、こはねはパタパタとスリッパで追いかけた。
「青柳くーん」
「ん、小豆沢。お前も土産屋か?」
「うん!家に買って帰ろうと思ってね。」
冬弥は止めていた足を再度動かし初める。歩幅はこはねに合わせてゆっくりになっていた。
「ここの旅館、ご飯すごく美味しかったね。桃まんも食べれて嬉しかったな…」
「ああ。まさかデザートで食べられるとは思わなかったな。俺も久しぶりにゴマ団子を味わえて嬉しかった。……あの食堂の人が、二郎さんだったか、三郎さんだったか…」
「食堂は三郎さんだね。それで、お土産屋さ…」
突然、こはねの言葉が途切れ、足が止まった。こはねの異変に冬弥が斜め下の顔を見るが、それと同時に冬弥は強い視線を感じた。
視線を感じると言うより、何かが自分たちを止めている気がした。こはねは、軽く頭を振り、冬弥の手を取った。
「青柳くん、えっと、ごめんね。お土産屋行こう?」
「…ああ。…」
こはねは自分しか感じていないと思い、視線の先の土産屋へ足早に入った。
…足を止めた場所が、あの赤い髪の鬼の首のある場所だということは2人は知らずのままである。
「いらっしゃいませ。」
「こんばんは。…わぁ、狭いけどいっぱいあるね。」
「…八つ橋か…天馬家に1つ…」
2人は1度分かれて店の中を見回り始めた。
この旅館は品物の横にある箱に代金を入れて品物を持っていくらしい。レジにいる男は念の為の見張り役らしい。冬弥は内心(こんなとこに数時間ずっと居て退屈じゃないんだろうか…)など思ったが余計なお世話かもしれないと思い考えるのをやめた。
数分後には既に2人の腕の中には3つの違う箱があった。こはねは帰ろうと冬弥に声をかける。
「私は買い終わったけど、青柳くんはもう終わった?」
「いや、まだ買い悩んでるものがある。」
冬弥の視線の先には『夢見まんじゅう』というまんじゅうの箱があった。聞いたことない名だと思いつつ、こはねは箱を手に取った。
「夢見、まんじゅう……」
「夢見まんじゅうにご興味がおありですか?」
突然響く野太い声に冬弥とこはねはレジの方を振り向いた。三猿は2人以外の客が来ないのをいいことに、2人に近づいてきた。
「すみません、急に」
「いえ!えっと、あんまり聞かない名前だなって思って。」
「そうですね。八つ橋などのように有名なものではないでしょう。そちらのまんじゅうは、私がお願いをさせて頂いて長野から入荷したものになります。」
さっきまで無表情だった三猿の表情が少し和らぐ。きっとそれくらいこのまんじゅうが好きなんだろう。
「三猿さんが、この旅館にお願いして取り入れたんですか?」
「左様でございます。長野ではお供え物として扱われる所もあるそうですが、とても美味しくて…。」
「そうなんですね…!どうしよう、気になってきた。買おうかな…。」
「今日の夜彰人と白石と一緒に4人で分けるか?2箱くらい買って。確か出歩き禁止の時間までは俺たちの部屋でお菓子を食べるんだろう。」
「あ、確かに杏ちゃん言ってたね。じゃあそうしよっか。お家にはお土産いっぱいあるし…」
1つ分を冬弥が、もうひとつをこはねが払い、夢見まんじゅうを2箱購入した。これからお菓子を食べれることが嬉しいのかこはねは楽しそうに箱を持っている。
「本当に美味しいですので、ぜひ美味しく召し上がってください。」
「はい!ありがとうございました。」
「また来ます。ありがとうございました。」
「いえ。こちらこそ。」
野太い声で見送られ、腕時計の時刻を見れば20時58分。
「早く帰ろうか。」
「そうだね。」
こはねが部屋に戻るともう杏は隣の部屋の『紫陽花の間』に移動しており、早速持ち合わせた菓子を広げて彰人と談笑をしていた。
「おかえり〜こはね。早く食べよ!こんなこと今日くらいしか出来ないって」
「うん!」
色違いの浴衣に零さないように気をつけながら、4人は談笑を続けた。
0時
「…うわ、あっという間に0時だよ…。」
「どうせ隣だし、サッと出れば帰れるだろ。」
「そうだね。じゃあ、ゴミ持って…。行こっか、杏ちゃん」
「暗いのちょっと怖いな〜…まぁこはねがいるから大丈夫か…」
談笑して疲れた杏は少しの眠気を覚えていた。
こはねはせっせとゴミ袋用のビニール袋に自分と杏のゴミを詰め込み、持ち帰る準備をしている。彰人は敷いてある布団に寝転がってスマホをいじっていた。
皆明日も楽しみで仕方がないという様子である。
杏が部屋の外の様子をみようとしたその時、突然どこからか笛が鳴り響いた。そして部屋の照明が一段落暗くなる。
「…え、なになになに… 」
「笛の音…?」
「 うぁあっ……! 」
人の叫び声と、剣を収める音が4人の耳に届く。こはねはその野太い叫び声から、三猿だと気づいた。
「な、何…?いや、怖いよ…どうしよ、…ひゃっ!?」
ドン、ドン…と太鼓の音も響いてきた。
異変に気づいた彰人が、布団から飛び上がり、出入口付近で縮こまる杏の手首を掴んで机の向こう側へと連れていく。
「なんだよこれ…!」
「やだよ、なに?…こはね、どこ?」
「大丈夫だよ杏ちゃん、私、衣装棚の前にいる」
「俺もだ。…微かに、外の方から足音がする。」
冬弥の言葉に叫びそうになった杏は、思わず彰人にしがみついた。彰人も耳を働かせていたところ、確かに廊下の方から足音がする。
「わ、私…見てこよう、かな」
こはねが浴衣の襟を握りしめながら今は死角にある出入口の扉の方を見つめる。すると冬弥がこはねの手首をつかみ、行くのを阻止した。
「やめておけ小豆沢…さっきの叫び声…まるで断末魔だ。なにか危険な気が…っ!?」
ギィィ…とやけに軋んだ出入口の扉が開く音が部屋の中に響いた。
彰人は杏を背中に隠して出入口の方を睨みつけた。
「っ、彰人っ!隠れろ!」
頭の回転が早い冬弥は、こはねを引き込んで衣装棚の中に入った。その声に呼応して彰人も杏を連れて横の衣装棚に入る。
(見られたか…?…っ…どうなる)
太鼓の音は止まない。こはねは冬弥の浴衣を両手で握りしめてガタガタと震えていた。
そして、こはねと冬弥の入る衣装棚の扉が開かれた。
「ひぃっ………!!」
「………っ……!」
冬弥も思わずこはねを抱きすくめた。完全には開けられていない扉の隙間から覗くのは、あの廊下にあった赤い髪の鬼。手には不思議な色を放つ剣が握りしめられており、ここで2人はこれに殺されるということを感知した。
しかし鬼は2人を見るなり唸り声を上げ、扉をゆっくりと閉める。
(まずい、彰人と白石が…っ?)
太鼓の音が止む。扉の隙間からは照明のほの明るさが感じられる。
冬弥が出ようとした時、ずるずると腕の中のこはねが崩れ落ちた。
「青柳くん…さっきの……っ…」
「あの廊下の鬼だったな…………」
落ち着こうとひと呼吸置いた冬弥は、未だ震えるこはねの背を撫でながら横に声をかけた。
「彰人、無事か」
1、2、3…数秒待っても返事が返ってこない。
「彰人?おい、返事を……」
言いながら嫌な予感が過ぎり、こはねから1度離れ衣装棚から飛び出した冬弥は彰人と杏が隠れる衣装棚を思い切り開け放った。
「あき………」
…普段表情があまり変わらない彼ですら目が見開かれ顔が分かりやすく蒼白になっていく。
衣装棚の中には何も入っていなかった。
彰人も、杏も、いない。
俺が目を離している間に、と冬弥は恐怖を覚え、さっき自分が隠れていた場所を見れば、涙で顔を濡らすこはねが未だそこにいる。
───彰人と杏が消えた。
そう分かるのに、時間はかからなかった。
──────
頼光公の生まれ変わりがこはね、頼光公に仕えていた有力武士の末裔が冬弥。2人は気づいていないが像を使わずとも体だけで殺されるのを免れられた。
彰人と杏は言わば体ごと夢の中に入ってしまった状態で、2人は2人で対峙をしている。
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