「星になりたい」
それは彼女の口癖だった。
彼女は付き合って一年と半年の、僕の恋人である。
大きくてまん丸の瞳と、底抜けに明るい笑顔が印象的な、太陽みたいな人だ。
でも誰にでも優しく寄り添う姿は、まるで月のようでもあった。
だけど彼女が焦がれていたのは、太陽でも、月でもなく、人の数ほどある小さな星々。
彼女は毎日のように空を見上げて、遠くの星々に思いを馳せては、「星になりたい」と零した。
僕には理解が出来なかった。
星なんて腐るほどあるし、それより太陽や月のような唯一無二の光を放つ存在の方がずっと惹かれる。
それに彼女にだって、そっちの方がずっと似合うと思う。
でも、まるで魔法を信じる子供のように無知で無邪気で幼気な願いが何だか愛おしくて、僕はそんな彼女のことも好きだった。
事件が起こったのは、付き合って一年と八ヶ月が経つ頃。
彼女が自殺した。
普段と変わった様子もなく突然のことだった。
遺書には現実を生きる辛さと、解放される喜びと、最後に少し家族への謝罪が綴られている。
純粋にショックだった。
勝手に死んだことへの怒りと、のうのうと過ごした日々への後悔と、気付けなかった自分への自責と、真っ黒な気持ちがぐるぐると渦を巻いて、整理がつけられなくなる。
気がついたら彼女の葬式は終わっていて、これまた気がついたら自分の家に帰っていた。
どれもこれも現実味がなくて、ただただ時間だけが過ぎていった。
彼女がいなくなってからそれなりの時間が経って、ようやく自分の中で折り合いをつけられるようになった頃。
ふと彼女が生前、行きたがっていた場所があったことを思い出した。
また、何も出来ない日々に逆戻りするかもしれない。
それでも、行ってみたいと今はそう思ったのだ。
彼女が行きたかった場所、それは星が綺麗な田舎のとある村だった。
いざ行ってみると、そこは確かにとても星の綺麗な場所だった。
遮るものが何も無い空はとても広く、邪魔されることのない星の光が存分に瞬いていた。
星に無関心だった僕が、圧倒されて動けなくなるほどに。
おもむろに草むらに寝っ転がってみる。
すると視界一面が星空に埋め尽くされて、唐突に理解した。
あぁなんて美しいんだろうと。
自分はなんて汚いんだろうと。
きっと彼女は星が好きだから星になりたかったんじゃない。
汚い自分から解放されたかったのだ。
無知で無邪気な願いなんかじゃなく、泣きたくなるほど切実な彼女の救難信号だったのだ。
何故今になって気づくのだろう。
必死に出してくれていた彼女のSOS。
溺れそうな程の後悔が、涙となって溢れ出す。
散々泣いて、泣いて、泣いて。
しばらくして僕は立ち上がった。
まだ視界が滲んで世界の輪郭がぼやけてしまうけど。
それでも立ち止まってはいられない。
生きなくては。
彼女が生きれなかった世界を。
彼女が教えてくれた世界の美しさと共に。
満天の星空の下、僕はようやく次の未来へと歩き出した。