記すべき私信のなんにもない夜のどこかで金木犀は咲いたよ
かかとのない靴下へかかとをつけるあしで望月まさぐっている
潮風がいのちを軽くする坂に自転車ひらひら赤錆を撒く
蟋 よ
蟀 り 秋 あ
に は だ ん
歩 日 と よ
標 今 言
を わ
定 ん
め ば
か
り
の
窓硝子の内と外とに各々へばりついている。守宮二匹、互いにこの場を縄張りと決めたらしい。ゆえに睨み合う。そのようであった。互いが互いの白き腹しか見えぬ、決して交わることのない二匹であろうとも、近付き、または離れ、互いが互いの鼻先を見据えつつ一定の隔たりを保ち続けている。これほど透きとおる壁さえなければ同胞の腹なぞを目にすることなく生を終えるはずだ、けれども我らが「これ」を得てからの刻よりもさらに久しく「この世」を得た彼らの世界はあり、なぜ二匹は邂逅できたのか、いやそもそも邂逅なぞしたのか、このような疑念を持つことが妥当なのかすら判断のつかぬまま、それがどうにも気にかかり、事の顛末を追おうと見詰めていたのである。一時間ほど睨み合ったところだろうか、大きいほうの一匹が顔を背けた。小さいほうは飛び掛かるでもなく背けた顔の正面に近付き、目を呉れようと右へ左へ躍っている。それをまた一時間も続けたころ、ふと気を逸らした一瞬の後には、もう小さいのは大きいのに背を向けていて、それからは己すら透明になってしまったかのように、手にした世界の秘密を転がすのに忙しい。