隣の芝は青い、という言葉がある。
隣にあるものがひどく美しく見えて、欲しくなって。
ついつい僕らはないものねだりをしてしまうのだ。
自分の庭にあるものに気付かずに。
ネオンが照らす繁華街。
その一際目立つオブジェの真下に立ち、スマホをいじる。
『ピンクのカバンと茶色のコート着てます』
そうLINEの文面を打ち込み、あたしは一旦スマホをしまいため息をつく。
辺りを見渡すと、若いカップル、仕事終わりのサラリーマン、若い女性とおじさんなど、様々な人がこちらを歩いて過ぎていく。
皆、それぞれの思惑を抱えながら、夜の街に消えていく。
きっと、あたしもその一人なんだろうな。
幸せそうに去っていくカップルを一瞥し、顔を落とす。
そうしていると、一人の男性がちらりとこちらを見やり、駆けてきた。
あたしはにこやかな顔をして、出迎える。
あたしは今日だけ、あなたの彼女。
あたしは、金で買われた関係。
「今日の天気は曇り、ところにより雨が降るでしょう」
朝の天気予報のアナウンサーの朗らかな声を思い出しながら、ザーザーと振る空を眺める。
--ところにより、なら大丈夫だろ踏んでいたのにな。
そう心の中で叫んで地団駄を踏んだが、空は変わらない。雨は相変わらず降りしきっている。
コンビニ探して傘コースかな、とそのままボーッと辺りを見渡すと、街の隅のほうに小さく喫茶店と書かれた扉を見つけた。普段なら気にも留めない場所に、昔からあったかのように蔦が窓と扉を覆っている。
まあ、たまには雨宿りも悪くねえか。
そう呟いて、私はその扉に向かって歩き出した。
近所の会場で、前の推しがイベントをしてたという情報を知った。一昨日の話だった。
でも私は悔しいとも思わず、なんの感情も抱かなかった。
何とも思わなくなった自分に驚き、そして少し寂しくなった。
ハマっていた頃はイベントがあれば新幹線飛ばして、一目見たいと意気揚々と観に行って、ファンサ貰ってとても喜んでいたのにな。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
あのときは、私にとって特別な存在だったのにな。
恋って人を、バカにさせてしまうのかもしれない。
彼の声、抑揚。言葉のひとつひとつが心に沁みて、大きな高鳴りとともに何も考えられなくなる。
彼に好かれるためなら、なんだってしてしまう。全てを犠牲にしてでも、呼ばれれば彼の元へと真っ先に向かってしまうのだ。
そうしてまでも、私は彼に好かれたかった。
それだけに夢中だった。
気がついたら、ぞんざいに扱われてることにも気づかないで。
あーあ、アタシってバカみたい。