【最初から決まってた】
「最初から決まってたからね、ひっくり返すのは難しいよ?」
「『できない』わけじゃないんでしょ?」
尋ねると、「あ〜」とも「う〜」とも言えない声で唸って、不味いものでも呑み込んだような顔になる。出来レースは嫌いじゃなかったの?
「無理だって言わなかったよね?」
「揚げ足取んないでよ。『難しい』と『無理』は同じ意味なんだよぅ。知ってるでしょ?」
「でも、できないわけじゃないよね?」
できるの知ってるからね。考え込むフリをしてもだめだよ。
しばらくして「しょうがないなぁ」のニュアンスで小さく息を吐いて、真っ直ぐこちらを見る。
「まあ、やるからには……やるけどね。あんま期待しないでよ?」
「またまた」
「もう。『またまた』じゃないよ。プレッシャーに弱いんだよ?」
「またまた〜」
「任せなさい」って言ってくれて、大丈夫だよ。
「信頼してるからね」
そう言ったら、下手くそなウィンクを一つ寄越した。
【太陽】
空調のきいた部屋だから、雨が降ると季節が分からなくなる。
「たまには外に出たらどうです?」
「太陽に当たると溶けるんだよ」
「カビ、生えますよ?」
自分だって、太陽の合間を縫って来てるじゃないか。
「てるてる坊主じゃないから、カビは生えないよ」
「なんですか? ソレ。てるてる坊主はカビが生える前提なんですか」
「あいつらはカビを恐れてるんだ。こっちが想像するより、ずっと」
「あはは。じゃあうちのやつらも避難させないと」
そんなことを話したせいか、プールの底から浮かび上がって、太陽を見上げる夢を見た。
思ったより気分がよかった。
これでもう、外に出ろとは言わせない。
【鐘の音】
「鐘の音、するだろ」
「鐘の音?」
「なに? カニの音?」
「カニの音ってなんだよ」
「鐘の音? してんの?」
「してる」
「えー? 鐘の音?」
「聞こえる?」
「じゃあ、手あげて? 鐘の音、聞こえたヒト〜」
三対七。
「鐘の音って、どんな」
「チャイムみたいな?」
「チャイムっていっても、種類あんだろ」
「お知らせとか、学校のとか?」
「きんこーんかんこーん、きんこーんかんこーんって繰り返すヤツ」
「ウエストミンスター寺院のヤツか」
「え、学校のチャイム、それじゃなかった」
「他にあんの?」
「キンコーン、キンコーンってそれだけ」
「え、違う」
「は? 違うの?」
「学校のチャイムのこと? 聞こえた鐘の音の方?」
「うん。聞こえたのは、黙祷する時の」
全員、「あっ」と顔を見合わせる。
【つまらないことでも】
「つまらないことでもなんでも……」
口から出ていたらしいひとり言。
「ツマラナイコトデモナンデモ?」
「あぁ?」
明らかに意味を分かっていなく繰り返され、眉を顰める。凶悪な顔になった自覚はある。ところがそれを見ても、気の抜けた、へにゃりともふにゃりとも言えない顔で笑う。
「コワイ顔〜」
そういえばいつも笑っているなと思う。
「で? なぁに?」
「あぁ。もういい」
その先は忘れた。「話してくれ? 相談してくれ?」恐らくそんな言葉が続いたのだろう。
「えー? もういいの?」
「たいしたことじゃない」
「ふぅん。ね、つまんないことの反対はつまることでしょ?」
「はぁ?」
「ぎゅぎゅっとつまってれば、楽しいね」
「はぁ?」
「うふふ」と笑う横顔を眺めながら、なんでもそれくらいでいいんだろうなと思う。
「なにつめようかな」
それなら好きな物を、いくらでも詰めればいい。
「目が覚めるまでに、あとどのくらいある?」
「分かんないですよ、そんなの」
「データとか取ってないのか」
「データ? 取れないですよ、そんなの」
「そんなの、そんなの言ってていいのか」
どうも、いつも「だいたい」で対応しているらしい。
「だって、気まぐれなんですよ」
「そんなんじゃこっちがやられるだろ」
「あぁ、まぁそうですねぇ」
いくらなんでも呑気すぎる。
「決まった時間に起こすってのは」
「えぇ? 起こすんですかぁ?」
目玉ひん剥いて、のけ反るほどのことか?
「いやいや、そっとしておきましょうよ」
「どうせ起きたら暴れるんだから、こっちのリスクが少ない方がいい」
「怖いもの見たさ、ですか?」
「ニヤニヤするとこじゃない」
「いや、してません」
「し!」
「ああ! 起きちゃった」